第114話 弟子なら抱き締めても問題ない

 お墓参りを済ませた翌日。


 昼頃になってようやく自分の部屋から出たわたしは、ふらふらとおぼつかない足取りでリビングへと向かっていました。


「ううっ、いっぱい歩いた上での徹夜は身体にきますねー……」


 焦点が定まらず、よろけて壁に頭をごつんこしてしまいます。


「あいたっ。これは本格的に寝ないとダメなやつ」


 寝不足で瞼が重くのしかかり、身体がベッドを求めていました。


 ですがわたしは気力を振り絞り、やるべき事の確認をします。


 右手をゆっくり開くとそこには小さな四角い箱に入った指輪がありました。これはわたしがリベアと買い物……んっん。で、デートに行った時にねだられてしょうがなく買ってあげた品です。


(うん、大丈夫。完全に直ってますね。こういうのは早い方がいいって言いますから)


 わたしの不注意で怖い目に遭わせた挙句、彼女が大切にしてくれていた指輪も被害を受けました。


 指輪を回収した時点で、傷が入ってしまった事は分かっていましたのですぐには返せなかったのです。


 きっと優しいこの子はその傷を見て、自分のせいだと悲しむと思いましたから。


「“おはようございます”」


 リビングに入って挨拶をします。水分をとっていなかったせいか枯れた声になってしまいました。


「おはようございます師匠。はい、お水です」


 エプロン姿のリベアがキッチンから出てくるとコップに入った水を渡してきました。


「“ありがとうございます”」


 それをありがたく受け取り、一気に飲み干します。


「んぐ、んぐっ……」


 水分を補給しながら部屋を見渡していると、ソフィー達の姿が見当たらない事に気付きました。


 その事をリベアに聞くと、どうやら二人は朝早くからどこかに出掛けたらしく詳細は聞いていないとの事。


(ふむ。ソフィーの事です。どーせ商談にでも行ったんでしょう)


 となると久しぶりに今日はリベアと二人きり。指輪の事を知らない二人がいる前では渡しにくかったので丁度よかったですね。


 席に座ると遅めの朝食が出されます。「頂きます」と手を合わせ、スプーンを取ります。今日は朝からオムライスでした。


「もう、遅いですよ師匠。ご飯とっくに冷めちゃいました」


 前に座ったリベアがぷくーとほっぺを膨らまし、軽く頬杖をついて抗議してきます。


(かわいい……これはご飯が進みますね)


 弟子の顔を肴に、冷たくなっても美味しいオムライスをモグモグと食べます。


 最低ですね、わたし。


「んぐんぐ。でも、その割には起こしに来ませんでしたよね?」


「昨日は……その、あれだったから、疲れているだろうと思って、今日はゆっくり寝させてあげようと……ってなんで師匠そんなに眠そうなんですか? 昼頃まで寝てたのに」


「それは一睡もしてないからですよ。これを直していたら思ったより時間かかりまして」

「それは、私の――」


 タイミング的にどうかな? とは思いましたが、そんなに重たい雰囲気にしたくなかったのでなんでもないように指輪の入った箱を取り出し、机の上に置きます。


 それを見たリベアがハッとなり、少し間を置いてから戸惑った様子で口を開きました。


「……もしかして、私プロポーズされてます?」


 わーお。話が随分飛躍しましたね。


「してませんよ! そういう意図は……そんなにありませんから」


 途端に語尾が弱くなるわたし。リベアは気づきませんでした。


「えへへ、でも嬉しいです! ありがとうございます師匠!!」

「喜んで頂けたようでなによりです」


 箱を両手で手に取り、大事そうに一度胸の前で抱えた後、カパっと蓋を開け指輪を取り出して、るんるんと薬指に付けます。


「〜〜〜〜♪」


 弟子は自分の指に嵌まった指輪を眺めるように、手を反転させたり戻したりとご機嫌でした。


 しまいには光の下で掲げ、指輪にちゅっと短いキスをしてこちらを振り返り、愛らしい顔でにぱっと笑いました。


(――っ、それは反則です!!)


 なんとも形容しがたい気持ちにさせられてしまいました。


(変な意図はない。変な意図はないんです!)


 どこか自分に言い聞かせているようになってしまいますが、別にリベアがわたしのものである証として渡したとかじゃありませんし……。というかリベアは誰のものでもありませんし。


 ですがキスをするなら、指輪じゃなくてわたしに直接して欲しかったですね。いつもなら「お礼!」とか言って勝手にするのに……ぬぐぐっ、変な妄想してたら弟子のことが急に恋しくなってきちゃったじゃないですか!!


「し、ししょう!? 急になにを――ひゃぁっー!」


《かわいい可愛い自分の弟子なら、抱き締めてもなんの問題もありませんよね?》


 これは世界の言葉。この世の摂理です。わたしの“欲”とかではありません。


 だからこんな風に、床に押し倒して覆いかぶさってもいいのです。


「そ、それはそうですけど……これは私が幸せすぎて死んじゃうやつですよぅ〜師匠ー」


 ダメな人特有の言い訳をしつつ、わたしは弟子の小柄な身体をぎゅーっと力一杯抱きしめるのでした。


――この子はわたしのもの。他の人になんか奪わせない。


 そんな想いがちょびっとだけあったのは内緒です。

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