第113話 義両親との再会 後編【姫様視点】

 もりもりもりもり。ぱくぱくぱくぱく。


(ふふっ。そんなに急いで食べなくてもお菓子は逃げないっていうのに、可愛いな)


 よしよしと頭を撫でてあげると食べてる途中にされて鬱陶しかったのか、払いのけようとする動作を見せたが、私がニッコリ笑うと諦めて食べることに集中した。


 姉も日頃からこんな風に思っているのかと思うと少し恥ずかしい。


「り、リティ……」


 小動物のようにお菓子を頬張るリティを見て、両親は目を丸くし、顔をこわばらせた。


 部屋を汚されたって別に怒らないのに……掃除するの私じゃないしね。


「ママも食べてみてー」


 これ美味しいよ♪と言って、リティは母親の口にお菓子を放り込む。


 それをゆっくりと咀嚼した母親は、ほっぺたを押さえ、「もう一個」と手を伸ばす。

 

「んっ、これは……ほんとに美味しいわ。でもねリティ、いくら美味しくても食べ過ぎはダメよ。……アリスもお姉さんなんだからこの子の模範にならないと」


「模範って、どんな? 甘い物を摂りすぎないとか?」


「それは……妹の事をよく考える姉かしらね」


「――それなら大丈夫! こう見えて料理出来るんだから。妹の食生活はバッチリ管理するよ!!」


「ほう、アリスの手料理か。それは是非食ってみたいね」

「んー、まずはリティとお義母さん優先かな。お義父さんは後でね♪」


「そうか。僕は後回しか……」

「あはははっ、冗談だって。ちゃんと作ってあげるから」


 子供は恐れを知らない。だけど今回は助かった。


 義妹の甘えを皮切りに、義両親との会話に花を咲かす事が出来たからだ。


 帰りにいっぱいお菓子を持たせてあげよう。全部私の手作りだ。料理が出来るっていうのは嘘じゃない。まだ始めたばっかりだから簡単な物だけだけど。


△▼△▼


「ダメだよお義父さん。仕事で机に向かってばっかりじゃ。たまにはストレス発散しないと」


「ははっそれは大丈夫だよ。リティと遊んで発散してるからね」

「うん。パパいっぱい遊んでくれる!」


「そうね。そういうアリスこそリティと遊んだ方がいいんじゃない?」


「むむっ確かに。リティ、今度お姉ちゃんと遊ぼうか?」


「あそぶー」


「何して遊びたい?」

「おままごとごっこ」


「……そ、そっかー。よぉーし、その時はお姉ちゃんの友達も連れてくるからね!」

「ほんとー! リティ楽しみ!!」


「うんうん。お姉ちゃんも楽しみだよ」


 真っ先に浮かんだのはティルラさん達。


 私が気軽に呼べる同年代の少女など限られてくる。今度会った時、勝手に約束したこと謝ろう。


△▼△▼


「アリスはロフロス村に伝わる伝承を聞いたことはあるかい?」

「え、なにそれ聞きたい聞きたい!」


「リティその話聞き飽きたー!」

「もう千回は聞いたわね」


 二人は何回も聞かされているようでうんざりしていたが、私は聞いた事がなく、気になったので話の続きを促す。


 義父は嬉しそうに語り始めた。


「昔々ある所に、かなり使い手の魔法使いが住んでいました――」

「ふんふん」


△▼△▼


 それから私たちは他愛もない話を時間の許す限りした。


 今の生活。趣味、休日の過ごし方。最近起きた珍事件。王都の事。


 この場を用意してくれたティルラさんには感謝しかない。


 彼女のお陰で義両親と会え、夢のように楽しい時間を過ごす事ができたからだ。


 娘のリティは話がつまらなかったのか途中で寝てしまったが、子供なので仕方がないだろう。


 そして二人には、今日で“アリス”をやめることも打ち明けた。


 いい顔はされなかった。当然だろう。それは予想して話したのだから。


 ――だって二人にこの話をしたら、絶対止めてくれると思ったから。


 私自身も本当は気付いていた。アリスをやめる事にどこか未練があって、心の奥底では拒否していた事を。


 二人は顔を見合わせた後、静かにこう言った。


「あなたが本当にそうしたいなら、その気持ちを尊重して私たちはあなたの前に二度と現れない……分かっているわ。王族の責務は辛いものよね。私たちでは到底理解できないくらい」


 だけどね、と義母は続ける。


「義務感だけで名前を捨てると言うならお母さん許さないわ。あなたに私たちが名付けたもう一つの名前、アリス。それはあなたを縛るためのものではなく、あなたを自由にする名よ。アリスでいる間は難しい事は考えなくていい、好きな事をしていいの。アリス。あなたとこの短い時間接して分かったわ。あなたは決して、自分が思っているほど強くない。むしろ年相応の女の子よ。お母さんには分かる。とっても優しい子だってね。だからあなたには“アリス”が必要なの。もうアリスは偽りの姿ではなく、あなたの一部になっているのよ。本当は気付いているのでしょう? ……私は、どちらも大切にして欲しいと思うわ。あなたの本当の両親もきっとそう思っている事でしょう」


 ……今、全てが腑に落ちた。やっぱり二人に言って正解だったな。


「……そっか。うんやっぱりそうだよね。長年両立させてきたんだ。ここでやめるなんて私らしくない。それにアリスはもう自分の半身みたいなものだし、切り離すことなんて今更できないよ。お義父さんお義母さん、ありがとう。私、これからもアリスとユリアを両立させてみせるね!」


「ああ、そうしてくれると僕たちも嬉しいよアリス――愛してる」

「私も愛してるわ――アリス」


 なんか涙出てきちゃった。


 私はお父様達の子供であって、お義父さん達の子供でもある。そして今の私はユリアじゃない、アリスだ! 多少の我儘は許されるはず。


「……そっちに、行ってもいいですか?」

「もちろんよ。遠慮しないでいいのよ。私はあなたのお母さんだもの」


 最初に遠慮していたのはどちらだっての。


「お母さんっ!」


 腕で涙を拭い、ソファーの向かい側にいる両親の元へ走り飛びつく。淑女が絶対にやらないような行動だな。


「あらあら」


「アリスは甘えんぼうだね」


 こんなのお父様やお母様の前ではできない。


 やっても怒られはしまいが、誰かに見られたらそれこそ問題になる。


 だけど今の私はアリス。二人の子供。普通の家庭なら抱きついても大丈夫。


 ここに私たち以外の人間はいない。


「あったかい……」


 だから安心して二人に抱きつけた。


「よしよし。いい子ね、アリス」


 私の頭を母と父が優しく撫でてくれる。とても心地良かった。


(昨日眠れなくて、朝からずっと起きてたから眠くなってきちゃった。ふわぁ……)


 もぞもぞと体勢を変え、スンスンと匂いを確かめる。


(いい匂い……あ、リティも抱きついてきた。なんだか本当の家族みたい……だ……な)


 ――一人の少女は父と母、そして妹の温もりを確かめながら、家族の愛を感じ、瞳を閉じて残りの時間を過ごすのであった。

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