第111話 引きこもり賢者のお墓参り 後編
――ん? おや、ここはどこでしょう? というか声が出ない?
黙祷中、不思議な感覚がして目を開けると、そこには師匠と数年間暮らした懐かしい屋敷の景色が広がっていました。
――これは、夢?
まさか目を瞑って黙祷している間に寝てしまったんでしょうか?
わたしってそんなに最低な人間でしたっけ? いや、心配してくれた人達を無視して引き篭もるくらいには最低な人間でしたね。
『まさか私の墓の前で本当に居眠りをこくとはなぁー?』
困惑するわたしをよそに、どこからか懐かしい声が聞こえてきました。
ずっと聞きたくて、聞きたくなかった声。
その声の主とは……
――もしかして師匠ですか?
『久しぶりだな、ティルラ。私が死んでからもう一年か……てか来るのがおせぇ。最後まで頑張った師をもっと労れ』
師匠でした。
亡くなった筈の師匠が柱の影からヌルッと現れやがりました。足あります? あ、あった。
――……死んでからもめんどくせー人ですね。死者らしく黙ってて下さいよ、まったく。
思わず軽口言っちゃいましたが一応故人の前……? なんですよね。それにしてもこの人、死んでも生前と変わらなすぎで笑いました。
死んでも陽気な人ってほんとにいるんですね。
相変わらずわたしの声は出ませんが、どうやら心の中で言ったことは師匠には聞こえているようです。ばーか、ばーか、いでっ。殴られた。夢なのに痛い。
『馬鹿なこと言っていないで早く座れ。ほら、その椅子によく座ってただろう。私も座りたいからな』
師匠は一対の椅子を指します。その椅子は生前師匠が手作りした物で、引っ越した今の家にも置かれています。使っているのは主にわたしとリベアですが、師匠が作ったものである事をあの子は知りません。
――…………。
『どうした?』
――夢なのに座れるんだなって。
『変なことを気にするんだなお前は。煙草も吸えるぞ』
そう言って、師匠はどこからか煙草を取り出します。それは生前師匠がよく吸っていた銘柄でした。
――久しぶりに会ったのに煙草吸うのやめません? 死んだのもそれが原因ですよ。あとお酒。
『ソフィーお嬢さんから聞いたんだろ』
――なんでそれを……。
予想は出来るでしょうが、こんなにはっきりと言い切れるものでは……。
『だってこれはお前が見てる夢。言い方を変えれば私の魔法で夢を見ているんだからな』
――むむっ。その話、詳しく。
身を乗り出して聞くと、師匠は『おおうっ!』と言って後ろに仰け反り、慌てて煙草の火を消しました。
『説明するからちゃんと一回で理解しろよ?』
――わたしが一回で理解できなかったことありましたか?
『……なかったな。魔法の面では』
地味に引っ掛かる言い方だったので、足の脛を蹴ってやりました。当たりました。めっちゃ痛がりました。
――成る程。そういう事でしたか。
師匠の話によると今わたしと話している師匠は本物ではなく、わたしの記憶とこの墓石に仕込まれていた師匠の魔力と術式を元に再構築された存在のようです。
簡単に言えば、今わたしは師匠の魔法に囚われた状態にあります。つまりわたしは寝てない! 良かった!
『寝てたら本気でぶっ飛ばしてたよ』
――はっ。今からでも寝てやりましょうか?
『は? 殴るぞ?』
――ぼうりょくはんたい。
わたしの知っている師匠が色濃く反映されているせいでこんなにウザいんですね。納得です。
そしてこの空間は術式の対象者の一番記憶に残っている場所が反映されているとの事で、わたしの思い出の場所は師匠と暮らした屋敷だったようです。
それは承伏しかねますね。でもこれが結果、見ての通り。マジでショックです。
『お前がこんなにも私との思い出を大切にしてくれてるとはなぁ? 育ての親として嬉しいぞ。ちゃんと師もやれてるみたいだしな。ご褒美に膝枕してやろうか? ん?』
ほらウザい。なんか絶対に見られたくない心の中を覗かれたようで恥ずかしいし。
――遠慮しておきます。帰ったらリベアにしてもらいますから。
『ったく、可愛げのねぇ弟子だなおい。ま、いいけどよ。死んでしまった私じゃもうお前には愛情を注げねぇ。それに今さらだからな。
――そうです。師匠にリベアの話をしなくては。
『お前に出来た愛弟子だな。あんなに弟子を取るのは嫌だって言ってたのにな』
――しょうがないじゃないですか。可愛かったんですし。
『それはしょうがないな。はははっ」
それからわたしは師匠がいなかった時間を埋めるように、長い間話を続けました。昔の事、最近のこと。でもその殆どはリベア中心でした。
――リベアって、師匠が杖を使っていた頃の雰囲気に凄く似てる時があるんですよね。魔法の癖は全然違うんですが、その芯の部分が同じっていうか。
『私に似て優秀か?』
――そりゃーもう。料理の腕前も師匠より上手いですよ。
『それは聞き捨てならないな。今度是非食べてみたいものだ。オムライスとか』
――故人が無理言わないでくださいよ。
それにここでは言いませんが、師匠と対等になりたいと願うあの子は昔のわたしにそっくりでもありました。
結構話しましたけど、そういえばいつ元の世界に戻るんでしょうか? まだ話したい気持ちはありますけど、なんだか満足感が強いんですよね。久しぶりに会って、想定よりウザかったからでしょうか?
『ん? いつ帰れるか? もうこの魔法解けるぞ。空間が綻び始めてるだろ。それにこの術式は一回限り有効だから次はない』
――……マジ?
『まじ』
――そういう事もっと早く言いません?
『忘れてたわ。お前のせい』
『わたしの記憶のせいにしないでください』
やっぱり師匠は師匠でした。
こんな会話をしてる合間にも、屋敷が崩れかけてきます。椅子が消え、暖炉が消え、師匠が立つ足場も消え、もうすぐわたしの立つ足場も消えます。
『ティルラ、達者でな。また会いに来いよ。今度は土産を持ってな』
――わたしが言うのもなんですが、ずいぶんあっさりとしたお別れの仕方ですよね。
『悲壮感を漂わせていた方が良かったか?』
――別に、そうは言っていません。
『お前が悲しくなって帰れなくなるもんな。分かってるよ』
――だからそんな事言ってませんってば……。もう帰ります。
足場が消え、まばゆい光が身体を包みこみます。
背を向けたまま、後ろにいるであろう師匠にさようならと告げました。
当然さようならと返ってくるかと思っていたのに、返ってきたのは別の言葉でした。
「いい弟子を持ったな。彼女との絆を大切にするんだぞ。じゃあなティルラ、元気で」
まるで別人になったみたいな夢師匠に、「師匠っ!!」と勢いよく振り返ります。声が出てました。そして夢から醒める一瞬、師匠の顔を最後に見る事が出来ました。
「…………っ!」
目の前にあったのはなんの変哲もない、一人の人間のお墓でした。わたしはその墓石の角を掴んでいました。
「…………」
リベアが目を開けた後、何も話さなかったのはお互い思う所があったからなのかもしれません。
「あ、あの、師匠」
「なんですか?」
「あ、やっぱりなんでもありません。気にしないでください」
「そうですか。では帰りましょうか」
「はい!」
そうしてわたし達は初めての墓参りを終えました。
「師匠……」
去り際にもう一度後ろを振り返りましたが、そこには誰もいません。ただ師匠のお墓がポツンと建っているだけです。
あの声はなんだったんでしょう。術式によって生まれた存在とはとても思えない程の温かみを彼女からは覚えました。
それこそ身体が即座に反応して振り向いてしまうほどの。
「もしかして本物……いや、まさかね」
「ししょう? どうかしました?」
「いいえ、なんでもありません。どこかお店にでも寄りましょうか。師匠の奢りです!」
「やったー! 師匠大好きです〜! デザートもいいですか?」
「もちろんです。二人でいっぱい食べましょう」
最後に見た師匠は今のわたし達を見て笑っていたような、そんな気がします。
だから師匠。これでいいんですよね?
わたしは師匠離れする事が出来たでしょうか?
だからもう振り返ることはしません。
また来年リベアと一緒に会いにきますよ。今度はあなたの好物を持ってね。
「来年までさようなら――シャルティア」
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