幕間
第110話 引きこもり賢者のお墓参り 前編
大賢者シャルティア・イスティル。
対魔族の魔道具開発に携わり、魔王率いる魔族との戦いでは勇者が現れるまでずっと最前線で戦い、味方の士気を上げ、魔族を屠り、誰よりも戦果をあげた魔法使い。
魔族達からすれば、彼女はさぞ恐ろしい存在であったでしょう。
その他にも数々の偉大な功績を残した彼女の墓は、表向きは王都の中心にある英雄達を祀る慰霊碑の下に眠っているとされています。ですが実際の所、あの人が眠っているのは今わたし達が向かっている海が見える丘の上です。
あの人はあそこから見える美しい景色が誰よりも好きな人でした。時折、この美しさを守るために戦っていたなんて冗談混じりに言っていましたし。
葬儀が終わった後、あの人の遺骨はわたしが預かりました。それはオルドスさん達も知っている筈です。受け取った際に何も言われなかった事から一応は黙認されているか、上から強く言われていたのかもしれませんね。
それからあとは色々大変でした。
正直細かい事はもう憶えていません。屋敷で遺骨を抱えてぼんやりしていたら、生前師匠が親密にしていた石工さんが墓石を持ってやってきたんですよね。
師匠は自分の墓石を自分で用意していました。ただし場所はわたしに任せるとの事でした。
石工さんにどこかオススメの場所はないか聞きましたが、「ティルラちゃんに選んでもらった方がシャルティア様は嬉しいと思いますよ」と言われたので仕方なく自分で考えることにしました。
最初は本気で屋敷の裏、ゴミ捨て場の横にでもしてやろうかと思いましたが流石に可哀想になったので、悩んだあげく結局“あの場所”しかないと思いました。
大賢者シャルティアの弟子として、その最後の務めとばかりに丁度一年前、わたしはこの場所を訪れ師匠の墓を建てました。
この場所を知っているのはわたしを含めた三人。影から協力してくれた王様と王妃様だけ。ソフィーにだって言っていません。あの時のわたしは酷く荒れていましたから。彼女と……人と距離を置くために傷つくような言葉も言ってしまいました。
だからソフィーと再会した日、びっくりして何度も目の前の光景が信じられないでいました。
もう二度と会ってくれないものだと思っていましたから。
『どうせ今回来たのもそれが目的でしょ』あれは皮肉と確認のつもりでした。もう友達としては会ってくれない。利用するされるの関係にあるのだと。では彼女は『腐れ縁』と言ってくれました。それがすごい嬉しかったんです。
その日、こっそり夜中に家を抜け出して二人きりになりました。その時あの日のことを謝罪しましたが「気にしてない」の一点張りでした。
でも今でも時々実感するんです。彼女と心の距離が開いてしまっていると……。
だからわたしは待つつもりです。ソフィーが胸の内を聞かせてくれる日まで。その時がきたら彼女と真剣に向き合いたいと思っています。
(三人……あ、いや四人ですね。今から一人増えますから)
現在。わたしは自分の弟子を連れ、師匠が眠る地へ向かっていました。
墓石を建てた日。あの日から一度も師匠には会いに行っていませんでした。行ってないではなく行けなかったが正しいですね。心の整理がどうしてもつかなかったんです。
(これまで本能的に避けてきたのは、きっとここに来れば師匠が本当に死んでしまったと実感してしまうから……なんでしょうね)
そんなわたしもようやく師匠に会う決心がつきました。それは隣を歩く、愛弟子リベアが関係しています。
彼女と日々接する中、弟子の前でくよくよしてはいけない。そろそろ前を向かなくてはいけないのだと、そう思わされたのです。
(この子の想いにきちんと正面から応える為にも、このお墓参りは必然です)
風に乗って流れてきた潮の香りが鼻腔を刺激します。子供の頃はこの海から漂う独特の匂いが嫌いでした。変な子供ですよね。自分でもそう思います。
今はそんなに嫌いではありません。むしろ好きですね。旅行帰りの師匠はいつもこんな匂いを付けて帰ってきましたから。
「楽しそうですね」
頂上までもうすぐです。そしてこの辺りから見える景色も絶景でした。
この丘のすぐ下にある海辺で子供達が裸になって遊んでいます。
いいですよねー子供って。今わたしがやったら痴女認定ですよ。リベアは喜びそうですけど。わたしももっと子供の頃に遊んでおけばよかったです。
「……ま、遊んで来いって言われて、遊ばなかったのがわたしですから」
きっと昔のわたしは、師匠の側にずっと居たいと思っていたんでしょう。だから喧嘩をしても、文句を言っても最後は必ずあの人の元へ帰っていました。
「あの……師匠? シャルティア様のお墓って」
「ん? ああ、はい。もうここから見えてますかね」
どうやらいつの間にか足が止まっていたようです。あ、震え始めた。やばいやばい。
「師匠?」
「すみません。先に行っててもらえますか? すぐに追いつきますので」
「分かりましたっ! 先にシャルティア様へご挨拶してきますね!! 師匠も無理しないで下さい」
それだけ言うとリベアはピューッと風のように駆けていってしまいました。
弟子に気遣われてしまうとは、なんとも情けない師匠ですね。
「ふぅー――よしっ、しっかりしろわたし!」
パンパンと2回頬を叩き、足の震えを無理矢理押さえ、わたしもリベアを追って走りました。
潮風が墓石に向かうわたしを歓迎するかのように追い風になり、背中を軽く押され、ふわりと浮いたような気になりました。
「一年前とあまり変わっていませんね」
頂上に着くと、そこには一年ぶりに見る師匠の墓標がありました。
先に着いていたリベアがその下でそっと片膝をつき、祈りを捧げるような格好で目を閉じていました。
「師匠。会いに来ましたよ」
弟子の隣に膝を落とし、わたしもまた静かに目を閉じるのでした。
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