第109話 大賢者ティルラ・イスティル
全ての準備を終え、わたしの全身を見て堪能したリーナさんとカルラさんと共にロビーに向かうと、そこにはわたしと同じようにドレスアップされた幼馴染の姿がありました。
(おお、流石ソフィー。似合っていますね)
着飾った彼女を見ると、ソフィーはやっぱり貴族なんだなーとしみじみ思います。
幼馴染のドレスは全体的に藍色で、彼女の知的でクールなイメージにピッタリでした。
特筆すべきは胸元が空いている事で、かなり大胆なデザインの筈なのに、そこはかとなく上品さを感じさせられます。なんというか、わたしと違って着慣れている感が凄いです。
それにフィアのように胸が大き過ぎるわけではなく、かといって普通よりは大きいといった具合なので変に胸が強調されず、他の人からすればよくよく見てみると「わ、結構ある!」といった感じになっています。
正直、彼女のプロポーションは抜群でした。
フィアによると、この肩を出しながら二の腕をさりげなく覆い、胸元は大きく開いたデザインの事をオフショルダー型と呼ぶようです。
「ほへー」
そんな彼女はわたしを見て、訝しげに眉を細めます。
「……誰? もしかしてティルラ?」
「はい、そうですよ。酷いですね」
わたしだと分かると、彼女は目をぱちくりさせ驚いた様子を見せます。
「一瞬誰だか分からなかったわ。でも似合ってるわよ」
素直でした。だったらわたしも素直に。
「自分でもそう思います。あとソフィーもとても可愛らしいですよ」
「か、かわ……そう、ありがとう」
あらら、照れちゃって。可愛い。
やはりドレス姿のソフィーは商家の娘というより、伯爵家のお嬢様っていう印象の方が強くなりますね。うんうん。
そんな事を考えていたら、弟子が隣にくっついていました。
「師匠! 私がドレス着た時にもいっぱい褒めてください!!」
「リベアはいつも可愛いですよ」
「な、なぁっ……」
おやおや自分から攻めたつもりが、逆に攻められてフィアの後ろに隠れちゃいました。やっぱりうちの弟子が一番かわいいですね。きっとわたしとソフィーのドレス姿を見て嫉妬したんでしょう(?)
わたし達がリーナさんを交えてロビーで談笑していると、燕尾服に身を包んだアラン様がやってきました。
「二人の準備が出来たなら行こうか。今日私たちは関係者席に座れる事になっている。姫様がお待ちかねだ」
「「「はい!」」」
◇◆◇◆◇
王族全員が揃って集まるのは、祝典の初日と最終日だけ。わたし達は他国の要人や王国貴族の中心的人物が集まる関係者席に、形式上第二王女様のご友人として招待されていました。
時々、あそこに座っている御令嬢は誰だ? 他国の令嬢か? などという視線が突き刺さります。
周りは別格の高貴な方々だらけなので、わたしやリベアだけでなくソフィーも同様に緊張していました。
ちなみに席の一番前にわたし、ソフィー、リーナさん、アラン様で一列下がった位置にリベアが座っています。フィアやカルラさんはメイドなので横で待機しています。
「――並びに第二王女ユリア・デレレーク・シンシア・フィルレスム様のご入場です」
「ティルラ、そろそろ時間よ」
「ですね」
関係者席で見守るわたし達の元に、司会進行役の人の声が届きます。いよいよその時がやってきました。
煌びやかな衣装に身を包んだ王家の方々が、大勢の観衆達の前に現れ、喝采を送る彼ら彼女らに向け、笑顔で手を振っていきます。そして赤いカーペットで敷かれた道を歩き、彼らはゆっくりと壇上へ上がっていきました。
途中、わたし達を見つけたユリア様がウインクをかましてきましたが、即座に付き人の女性に怒られ、周囲から笑いを取っていました。
まあ笑っていたのは民衆だけで、一部の貴族を除いてみんな怖い顔をしていましたが。笑っていたのはグラトリア家や王家との親交が深い家だけです。
(……こういう所が嫌いなんですよね。貴族社会って)
それからは特に何か問題が起こる事なく、式は進行していきました。国王以外喋りませんしね。他の人達は壇上でニコニコしているだけですから。
(何事もなく終わりそうで良かった)
この後、姫様と義両親が会う予定です。義両親には既に屋敷で待機してもらっています。式が終わり次第、王宮へとお連れする手筈になっています。
「以上。国王様からでした。それではお集まりの皆様、盛大な拍手を」
さ、あとは立ち上がって王族の退場を拍手で――っという所で王様が片手で制します。
「最後に一つ、
「へっ!?」
素っ頓狂な声が関係者席から上がります。わたしの声でした。困惑するわたしの背中をソフィーがどんっと押します。
「国王様の命令よ。拒否は出来ないわ。早く行きなさい」
「そうですよ師匠。王様を待たせちゃだめです!」
「えっ、なんで二人とも驚いてないんですか?」
「いいから行きなさいって!」
半ば放り出されるような形で、赤いカーペットの上に立ちます。その場にいる全員の注目がわたしに集まるのが分かりました。
(うそ、ですよね……)
歩を進める度に、民衆や貴族達から疑問の声が上がります。事前に知らされていたのであろう
――誰だあの子は? まさか第一王子の婚約者とか? まさか、流石に若すぎるだろ。いや案外そうではないかもしれない。確かに胸は控えめだけど、顔はすげー可愛いし。
――宮廷魔導師の中にあのような少女がいたか? グラトリア家の関係者か? しかしあの家に王家との繋がりはなかった筈だ。
一体彼女は何者だ?
全員が行き着く最終的な結論はそれでした。
あとわたしの胸が控えめだって言った奴聞こえてますからねー! そんなの人の好みでしょーが!
ガルルルッと心の中で睨みを聞かせます。
「…………」
現実のわたしは全てを聞かなかった事にして無表情を保っていました。
壇上に上がると、殆ど初対面に近いけど何回か会ったことのある顔をしていた王様が深々と頭を下げます。わたしも、「うへっ!?」と心の声を漏らしました。
それだけで驚きの事なのですが、それを目の当たりにした多くの者達が騒ぎ出す前に王様が言葉を続けます。
「聞けっ! この者は大賢者シャルティア・イスティルの弟子であり、彼女の義理の娘でもある。そしてシャルティアの信念と力を受け継ぐ正統後継者だ。ある事情でその存在を抹消されていたが、私の名に誓って今日ここに宣言する。彼女はこれからの我が王国を照らす新たな大賢者。その名もティルラ・イスティルである!!」
なんていう爆弾発言をしやがりましたよ、この親父!
隣に座る王妃様はニコニコしています。とても嬉しそうに。どうやらわたしは彼等に嵌められたようです。
(――はぁ!? 王国を照らす新たな大賢者ー? なにそれ聞いてません! や、やってくれましたねこんちくしょうー!!)
微笑を浮かべているのは、彼らだけでなく、姫様や関係者席で見守るグラトリア家の面々も同じでした。
そこでわたしは悟りました。
(あ、終わったな。これ)
ティルラ・イスティルという少女は大賢者シャルティアから認められた弟子であり、賢者の家名を受け継いだ正統後継者であること。
それを王族が公の場で発表したこと。
それはもう決定的でした。今さら否定してもらう事は叶いません。王族の沽券に関わる事ですから。いや別に嘘はついていないんですが……ねぇ?
「――ティルラ様にばんざーい!」
「ティルラ様万歳ー!!」
ほらぁー。やっぱりこうなった。
「大賢者様ー!」
「ティルラ様、素敵ですぅー!」
「大賢者ティルラ・イスティル様に――」
「「「「ばんざーい!!」」」」
ばんざーい、ばんざーい! そんな声があちこちから上がります。
「ティルラさん。ふふっ、お顔が真っ赤になっていますよ。ほらサービスサービス。国民にアピールしなきゃ」
スススッとやってきた姫様がさりげなくわたしの腕を取り、仲良く組まされます。
どこかで誰かの悲鳴が聞こえた気がしました。
「誰のせいだと思ってるんですかっ!」
「くっ――可愛いですよー!!」
姫様が余計な指摘をしたせいで、歓声は更に大きくなります。今度の大賢者様は恥ずかしがり屋だとかなんとか。みんな勝手な事言っちゃって。恥ずかしがり屋なのはソフィーの方ですよ。
それと最初にかわいいって発言したの絶対リベアですね。もう声で分かります。
「あら、意外に奥手なのね。もっと言い返してくるかと思った」
「……国のトップに逆らおうだなんて思いませんよ」
普段ならもうちょっと何か言っていたかもしれません。ですが今のわたしに求められているのは姫様に噛みつく事ではなく、あまり尖った発言をせず、笑顔で姫様と一緒に仲良いアピールをしてこの場をやり過ごす事です。我が師もこういった場では弁えていましたから。
個人活動になると、それはすぐに無くなりましたけどね。
(はぁ。まじですかー……)
自分が注目の的になんてなりたくありませんでした。このままひっそりと田舎で暮らしたかったのに……師匠もこんな気持ちだったんでしょうか? いやでもあの人は何をしても結局目立っていたでしょうね。
先が思いやられます。
でも、今はとにかく早く壇上から降りたい……。
「じっ……――」
「……うむ」
もう帰らせて! という眼差しに気付いた王様が柔和な笑みを浮かべて頷き、壇上を降りるよう促されます。
やったー。願いが通じたみたいです。
「皆の衆、彼女に向けて最後に盛大な拍手を」
「――っ!」
壇上を降り、王国軍の旗を表す赤と白のカーペットの上を歩きます。そこで王様の声が掛かると、カーペットを境に群がるようにして広がっていた群衆が沸き立ちます。
もちろん間違っても民衆が押し寄せないように、カーペットに沿って兵士達が間隔を空けて立ち、壁となってくれていますがかなりドキドキでした。
(とりあえず手は振っておいた方がいいですよね)
四方八方からの声援を受けて、さもありなんというようにわたしは笑顔で手を振ります。わたしの事をよく知っている人達からすれば目を丸くする光景でしょうね。
実際リベアは目を丸くしていましたし、ソフィーは笑いを堪えていました。
そうして最後まで民衆達に手を振り続け、関係者席に戻るのでした。
こうしてわたしは世間から正式に大賢者シャルティア様の後継者として認知され、ティルラ・イスティルという魔法使いの存在は瞬く間に市中を駆け巡り、その端正な顔と共に広く民衆に知れ渡るの事になりました。
……とても叫びたい気分でした。なので叫びますね。
「――ど、どうしてこうなったー!? わたしの引きこもりライフを返してくださーい!!」
「「「「「「ティルラ様ー!!!!」」」」」」
わたしの心からの叫びは、大きな歓声を上げる民衆達の声に掻き消されてしまうのでした。
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