第107話 アリスの義両親

 さて、到着したのはいいものの、誰が最初に声を掛けるかという話になり、残念ながら多数決を取る事になりました。


 その結果……。


「……やっぱりわたしなんですね」


「当たり前よ!」

「当たり前ですよ」

「当たり前ですね!」


 正直な所、こんなに幸せそうな様子を見せられてしまうと過去(アリス)のお話を持って行くのが躊躇われます。


 シーヴ婆の話では、向こうもユリア様の事を気にかけていて、一年に一度は依頼に来るって言っていましたが……確かな保証はありません。


「うううっ」


 頭がぐるぐると回り、考えが上手くまとまらない……そうです。こういう時は必殺、他力本願です!


「――ソフィーお願いします。この通りです!!」

「はぁ?」


 手を合わせ、申し訳なさそーに頭を下げます。勿論わたしが行ってもいいんですが、説明とか苦手なのでここは得意な人物に任せることにしました。所謂適材適所って奴ですね。うんうん。


「嫌よ! なんで私が行くのよ。あなたが行きなさいよっ! 元々依頼を受けたのはあなたでしょ?」


「ソフィーだって、姫様の話に十分乗り気だったじゃないですか! 交渉ごとはソフィーの十八番おはこなんですし、減るもんじゃないんですからお願いしますって! それにわたし、知らない人とお話しするのはちょっと……」

「あんた大賢者でしょうが!」


 幼馴染から鋭いツッコミが飛んできます。


 ふふふ、ですがこれしきの事で負けるわたしではありません。


 わたしは腕を組み、ふふんと鼻を鳴らし、ドヤ顔で言い放ってあげました。


「大賢者だからですよ!」


「は?」


「あ、すみません。わたしが行きます」


 三人から白い目を向けられたのは、言うまでもありませんでした。

 

◇◇◇


「突然すみません。この家に住んでいる方でお間違いないですか?」


「はい、そうですが……えっと、失礼ながらどちら様でしょうか?」


 戸惑いながらも応じてくれたのは母親の方でした。父親はわたしが話しかけた段階で、娘に話が終わるまで家の中に入っているよう言いつけていました。


 うむむ。警戒させちゃいましたかね。


 今のわたし達の格好は変装を解いた普段の服装です。変に騙して、後で誤解されたくありませんから。


 他の三人は黙ってわたしの後ろに控えています。なんだか偉くなったみたいで気分いいですね。


 そんな事を考えていたらソフィーに背中をつねられました。痛い。


 笑顔が引きつるのが自分でも分かります。


「っ、申し遅れました。わたしの名前はティルラ・イスティル。大賢者の正統後継者をしております。この度は第二王女ユリア様の命を受けて参上しました。どうかお話だけでも聞いて頂けないでしょうか?」


 ユリア様の名前を聞いて、二人の顔色が変わります。そして同時に何かを確信したようでした。


「アリ……ユリア様から一般市民であるわたくし共にですか? それはどのような?」


「はい。一度会ってお話をしたいのだそうです。お心当たりは……ないというわけではなさそうですね」


 二人とも首を縦に振りました。良かったです。知らないって言われたらどうしようかと思っていました。


「少しお時間を貰えませんか?」


「はい。勿論です」


 夫婦は少し離れた場所で話し合いを始めました。その様子を黙って見ていたら、後ろに控えていたリベアが「あっ」と声を出し、夫婦の家に向かって笑顔で手を振り出します。


「ふむ。なるほど」


 リベアの視線の先には、不安そうな顔で窓に張り付いている娘さんの姿がありました。


(あのまま放っておくと、ママとパパを困らせないでーって感じで泣きついてきちゃいそうですね)


 すぐさま両親の元へ行き、この事をご報告。家に立ち入る許可を貰ってきました。


「リベア。お子さんの不安を取り除いて来てください。出来ますね?」


「はい! お任せてください!!」


 こういう仕事はコミュ力の高い弟子に任せるに限ります。

 弟子はスタコラサッサーと家の中に入っていきました。


 これであの子は大丈夫でしょう。


「――――! ――!!」


 暫くして娘さんの元気な声が聞こえてきました。やっぱり弟子に任せて正解でしたね。


「待たせたね。話がついたよ。娘の事についてもありがとう」

「はい。全然大丈夫ですよ」


 丁度そのタイミングで夫婦が話を終えて戻ってきました。わたしとしてはもう二、三日悩むかと覚悟していたのですが全然そんな事ありませんでしたね。思い切りがいいタイプなんでしょう。

 

「ティルラ様。結論から言いますとわたくし共はユリア様の元へはいけません」


 まあ、なんとなく分かっていました。ですがこちらも姫様の手前、はいそうですかという訳には行きません。


「それはどうしてですか?」


 わたしが食い下がると、今度は父親の方が答えました。


「そんな権利が僕たちにはないからだよ。一般人が王族に個別で会うなんて前代未聞だ。知られたら国中で話題になってしまうだろう。それはお互いに避けたい」


「ユリア様……ううん、アリスの事は今でも本当の子供だと思っているのよ。たとえそれがどれほど不敬な事であるか分かっていてもね」


 姫様も危惧しておられましたが……――身分の差。


 やはりそれがお二人の気持ちを押し留めてしまっているようです。


 ここは一つ、わたしがお二人の背中を押してあげましょう。


「ご両人。お言葉ですが、不敬だなんてとんでもないです。あの方は今でもお二人の事を本当の両親と同じくらい慕っていますよ」


 父親の肩がピクリと動きました。母親の方はわなわなと口元を押さえて震えています。それも嬉しそうに。


「ははっ。そうだと嬉しいな」


 反応はありましたが、それでも夫婦の考えは変わらないようです。


「あの子のためにも、一度会ってあげませんか?」


「だが……」


「その方がお互いの為になると思うわよ」

「フィアも同感です」


「それに姫様が秘策を用意されていますから、先程のような心配は無用ですよ」


 ソフィーとフィアの援護と姫様から聞いた『絶対バレない方法!』を伝えると、それっきりご夫婦は押し黙ってしまいました。


「…………」

「…………あなた」


 妻が力強く頷くのを見て、旦那さんも決心なされたようでした。


「分かった。行くよ。僕たち家族三人で」


「――ありがとうございます! 諸々の連絡は追って伝えますね」


「分かりました。わざわざご足労頂きありがとうございましたティルラ様」


「いえ、大賢者として当然の事をしたまでです」


 えっへん!! 毅然とした態度をとるわたし。後ろから溜息が聞こえてきます。


「この子は何を言ってるのかしらねー」


「ソフィー。黙っててください」


 その後、わたし達は夫婦と別れ、姫様にこの事を報告するため帰路に着きます。去り際に娘さんがまたリベアに会いたいと言っておられました。


 いや、ほんと凄いですねうちの弟子は。中々の人たらしです。


「でも、一番たらされているのはきっとわたしなんでしょうねー」


 今朝からずっと好きと言われ続けて、内心満更でもなくニコニコしちゃってますから。


「師匠大好きですー!」


 ほんと、人たらしな子です!


◇◆◇◆◇


 それから月日は流れ、あっという間に姫様と約束した日がやってくるのでした。

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