第80話 大賢者は弟子に絆される

「ふっざけないでくださいよあのババァ!! 全属性魔法の使い手が世界で三人しかいない〜!? そこまで珍しいとは知らなくて普段からばんばん使っちゃってたじゃないですか! 今更使えませんとか嘘つけませんし、もうどうしてくれるっていうんですか!」


 物に当たろうとして、伸ばしていた手をピタリと止めます。


 ソフィーの鋭い視線がわたしに向けられていたからです。まるで『壊したら、分かってるわよね?』と言っているようでした。屋敷にいた頃のようにはいきません。


(わぁー。いやーな感じ)


 あぶら汗が脇の下を伝い脇腹をくすぐっていきます。

 わたしはくるりと反転し外に出ると、空に向けて杖を掲げます。


「ふっ――おりゃー!」


 そして思いっきり魔力を込めた火の球を虚空へと放つ。


 それは天高く舞い上がり、やがて見えなくなった所で盛大に爆発しました。このストレス発散法は師匠の元で修行していた時生まれた物です。


 全力で魔法をぶっ放すのは中々爽快なんですよね。

 

 わたしが本気で魔法を放つと、初級魔法でも軽く山を消し飛ばしちゃうくらいの威力をしてますので空に撃つしかないというわけです。


「ふぅー。ちょっとスッキリしましたね」


 中々大きな爆発でしたが、それに驚いて家から飛び出してくる村人はいません。


(ま、結界を張っていたから当然ですけど)


 ここら一帯の住民の不安を掻き立てるような行為がしたかったわけではないので、事前に火の球を結界で囲んでから放ちました。


 結界で火球は完全に密封されていた。だから爆発音が聞こえないのです。


 爆発を見届けた後、リベアが家から慌てた様子で出てきます。わたしが乱心したとでも思ってるんでしょうか?


「師匠ー!」


 ソフィーはわたしがストレス発散するのを時々見ていたので、またいつものやつかーみたいなノリで窓から眺めてました。


 今日は赤色メインの花火だったぜ親友よ! でも遠すぎていつも通り見えませんでしたよ!! 近すぎても危ないだけですけど。


「師匠落ち着いてください!! まだ弁解の余地はありますよ。第一師匠が本当に全属性の魔法を使える事を知っているのはこの家に住んでる私たちと、あと、えっと魔法統率協会所属のオ、オルバスさんっていう人だけですよね? それ以外の人は断片的にしか知らないと思いますし、色んな魔法が使えるけど使えない魔法もあるよって言えばまだ……。そ、それに、もしも師匠が目立つのが嫌でどこか人里離れた所に行っていうなら私もついて行きますから。結婚も略式で構いません。そこに愛があれば私は……」


 恍惚とした表情を浮かべ、目が爛々とし始めたところで、弟子の肩を掴み妄想の世界から引き戻します。


「あーリベア。ストーップです。まず貴方が少し落ち着いて下さい。なんかわたしより混乱して変な事口走ってます。オルバスさんって誰ですか。オルドスさんですよ。お陰で冷静になれましたけど」


 自分より混乱している人を見ると逆に落ち着くっていうアレですね。


「――は、すみません師匠。でも今のは10割方本気なんです。信じてください!」


 つまり本気って事ですね。


「信じますよ。愛弟子の言う事は――」

「あ」


 優しく頭を撫でてあげるとリベアは嬉しそうに目を細めます。やばいですね。これ、ほんとに癖になっちゃいそうです。いやもうなってるな。


「ほらそこ。イチャイチャしてないで早くこの魔道具の使い方を教えなさい。時間は限られてるんだから」


「……別にイチャイチャなんかしてません」

「はいはい分かったから」


「ししょうー、大好きですー!!」


 リベアはぎゅっとわたしの腕を組んで離そうとしません。やれやれ。弟子に好かれ過ぎるのも困りものですね。さっきから柔らかいものが腕に当たってこっちは恥ずかしいのですが……。


「やだって言っても離してあげませんからー。私はずっと師匠の側にいるって決めたんです」


 この子はそんな事1ミリも思っていないようでした。わたしがムッツリみたいです。


「……まったく。うちの可愛い弟子には敵いませんね」

「あ、師匠。普段のやる気のなさそうな顔もいいですが、笑った顔も素敵ですね」


「え、今わたし笑ってました?」


「はい。そう言うって事は意識したものじゃなかったんですね」

「そうなりますね」


「って事は、ようやく自分の力で師匠から自然な笑みを引き出せるようになったわけです。今までは側に必ず幼馴染のソフィーさんがいましたから。なんか幼馴染パワーを借りてるようでしたし。だから嬉しいですッ!」

「――っ!?」


 そうか。今笑ってたんだわたし。心の底から楽しいって。そう思って。


 ついこの間まで屋敷に引きこもっていて、誰とも会話しない生活、感情ははっきり言うと死んでました。主に師匠が死んでから。


 師匠が死ぬ前から感情が希薄ってソフィーと師匠に散々言われてましたが、わたしは寡黙なだけです。あと少しだけコミュ障なだけ……。


 リベアと過ごす日々確かに楽しいものでした。ですがそれでも4割近く取り繕った物がありました。


 それも一緒に暮らすみなさんにはバレバレだったようですね。


(それでも、普通に笑えるようになってたんですね。わたし。乗り越えられたの……かな?)


「? ししょう?」


 下を向いて黙ってしまったわたしに、リベアが不思議そうにこちらを見上げます。


 おっと、弟子に無用な心配をさせるわけにはいきませんね。


「わたしも、楽しいですよ。リベアとみんなと過ごす日々は」


 なんにせよ、今のわたしはこの生活が楽しいと思っています。色々なことに巻き込まれて大変ですが、それでも怠惰な生活を送るよりはずっと。


「本当ですか!? じゃあ今度またデート行きましょう。師匠に王都を案内して欲しいです!!」

「案内できるほど、わたしも王都を知らないんですがね。まぁ、それでもいいなら」


「はい。もちろんです!!」


 思わず目を逸らしたくなるような、可愛らしい笑顔を向けられます。


 その誰にも冒される事のない神聖な微笑みを受けて、この笑顔を守りたい。わたしはそう強く思いました。

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