第74話 不器用なあの人
「――とまあそんな訳です。それから後はソフィーの知ってる通りですよ。山小屋で修行をしている途中に喧嘩して飛び出し、怪我をして動けなくなっていた所を貴方に拾われました。これでご満足していただけましたかね?」
「ええとても満足したわ……あと、私の質問で貴方のトラウマを刺激していたらごめんなさい。言いにくい事もあったでしょう」
わたしの口調がちょっと投げやりだった事から、わたしが怒っていると思ったのか、ソフィーは伏し目がちにぽしょりと謝罪を口にします。
見るとリベア達も気まずそうにしています。これは早めに誤解を解いた方がいいやつですね。じゃないとご飯がお通夜みたいになってしまいます。
「ああすみません。今のはわたしの言い方が悪かったですね。別に皆さんに対してわたしは怒っていませんし、トラウマになるような事も幼少期はありませんでした」
「幼少期は? という事はその後に何かあったの、ティルラさん?」
そこをスルーしない辺り、流石は王族。肝が据わっていますね。
「あはは……正直に言って、孤児院で嫌な思いをいっぱいしたのは事実ですが、それ以上に師匠の修行が厳しくて。その時の記憶がぶつ切りになっているほどです」
「貴方がやっていた修行、そんなにキツかったの……」
「はい。グラトリア家でお世話になって以降、少しは軽減されましたが、それでもあの年で受けるような修行じゃありませんでした」
今でも修行時代を思い出すと背筋が震えます。
「じゃあ私は優しくされてる方なんですね」
「ティルラ様は逆にリベアさんに甘々というか、放任主義が強いですけどね」
「リベアちゃんはとても大切にされているのよ」
「師弟は、とても深い絆で結ばれているといいますしね」
フィア、そういうのは言わない約束だよ? あとなんで他のみんなも頷いているの?
わたしそんなにリベアに甘々なんでしょうか……うぅん、自分ではよく分かりませんね。
でも案外わたしの師匠も修行自体は厳しかったですが、それ以外は比較的甘い印象でした。というより弟子として大切にされていた気はします。
欲しいと言った物はどんなに高価な物だったとしても「ん」と言ってその場で買ってくれましたし、ご飯に関しても、気分が良い時に頼めば大抵はオーダーを承ってくれます。
他にも孤児院を出てわたしも師匠との生活に慣れてきた頃、唐突に
わお。びっくり。
どんな報復をしてきたのかは、ちょっと怖くて聞けませんでした。だって満面の笑みですよ? うちの師匠の場合、普通に怒った時の顔をしていてくれた方がまだ安心できます。笑顔はガチでやばい時です。
「リベアに厳しい修行は向いてませんよ。幼少期を過ごした環境が全然違いますから」
「環境?」
「はい。リベアは魔素という言葉を知っていますか?」
「えっと、空気中の魔力の事をそう呼んでいる? で合ってますか?」
「その通りです」
魔素。
魔素とは空気中に循環する魔力の事をいい、一度人間側と魔族側の主戦場になった事で人や魔族の大量の死骸から、体内の魔力が空気中に魔素として流れ出たせいで、わたしの住む孤児院の周りは通常よりかなり魔素の濃度が濃い地域となりました。
そしてそこで養われている子供達の大半は、その影響を受け個人が持つ魔力量が大幅に増減しました。
わたしの魔力量は元々イカれていたらしいですが、それが最後の一押しとなったようで、この世界にお前以上の魔力を保有してる奴いないんじゃね? と師匠に言わしめたくらいです。
ですが魔素が濃いとデメリットもあります。言ってしまえば昼夜問わず外部から強烈な刺激を受け続けている状態で生活しているわけですから、当然身体に負担がかかります。
なので単純に身体が魔素に耐えきれなくなると、魔力飽和症になったりしてしまうのです。
魔力飽和症は初めて会った時のリベアの状態にかなり近いです。
彼女の場合は自らの意思でコントロールして我慢していたわけですが、飽和症になると魔力が最大限溜まっているのにも関わらず、それを放出する事が出来なくなってしまう。すると身体に悪循環を覚えさせてしまい、重度になると四肢に力が入らなくなり最終的に寝たきりの状態になってしまうという恐ろしい病気です。
通常、空気中の魔素はどの地域も世界の平均より低いんですけどね。だからかかる人も殆どいません。
師匠が言うには普通の地域に住んでいる人が、わたしが住んでいたような地域に入ると途端に胸が苦しくなり最悪息が出来なくなるレベルだそうです。
師匠も魔素の薄い所で幼少期を過ごしていたらしく、初めて魔素の濃い地域に足を踏み入れた時は死ぬかと思ったそうです。
やはり何事にも慣れが必要というわけですね。
ですが勇者と魔王が戦った場所だけは別次元で、その場所は今は誰も立ち入れないようになっていると聞きました。
魔王ですからね。普通の魔族の何十倍も魔力を保有していたんでしょうからそうなるのも当然です。
今は瘴気のようなものが辺り一面に立ち込めていて、魔法使いが交代で障壁を張ってその進行を押し留めているそうです。ですが毎年少しずつ瘴気の範囲が拡大しているとソフィーは言っていました。
いつかは瘴気に世界が呑みこまれてしまう日が来てしまうかもしれませんね。その時にはとっくにわたしは死んでいますが。
(それにしても師匠はわたしを誘った時、弟子には嘘つかないってあれだけ太鼓判を押していたくせに嘘つきまくりでしたね)
お酒は飲んでないとか言って隠れて呑んでるし、煙草も同じ。
更にはあれだけ私はまだ死ねない、あと300以上研究したい事が残っているんだから、ついでにお前の結婚相手と子供も見たいしなとか言ってたのに、その一週間後にぽっくりと逝きやがったんですから。
でも今考えるとあれはわたしの意識を逸らすため、わたしが極力悲しまないように取っていた行動、不器用な師匠がわたしの為についた優しい嘘だったんでしょう。
それにわたしを引き取った時点である程度師匠は自分の死期を悟っており、わたしに全てを教えるにはあまりに時間がなかった。だから修行も厳しいものになってしまった。自分の事情に無理矢理付き合わせて、弟子を辛い目に遭わしている。そういう負い目もあってわたしが欲しがった物はなんでも買ってくれた。そう解釈するべきなんでしょうね。
(全く、なんとも不器用なあの人らしい行動だといえます)
もうすぐあの人の命日です。今度
あなたの愛弟子は自分の師匠以上に、
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