第73話 私と師匠が出会った日
――実際の所、あなたは何者なの?
ふむ、とわたしは顎に手を当てます。
ここで適当に誤魔化すことは出来るでしょう。
リベアはもちろん、ソフィーやフィアもわたしが嫌がる素振りを見せれば深く追求する事はしない筈です。
(となると……)
わたしは姫様の方に視線を向けます。
彼女の人となりも、この短い時間の中である程度分かりました。
わたしの素性を知って、悪事を働こうとするような輩ではない事は確かです。
(……なら話してしまってもいいかもですね)
ま、わたしの出自なんて大したものじゃないんですけど。
「何者と言われましても、わたしはわたしでしかありません。ソフィーが聞きたいような回答は得られないと思いますよ」
「それでもいいわ。私は貴方の事が知りたいの」
こっちの目を見て真っ直ぐ頷くソフィーに、弟子も続きます。
「師匠が言いたくないならそれでもいいです。でも、私は師匠の事をもっとよく知りたいんですっ!」
……親友や弟子にここまで言われたら、話さない理由はありませんね。
「そうですか。では一つ昔話を……今から少し前、まだこの世に魔王が存在し、暴虐の限りを尽くしていた時代。魔族と人間は連日に渡って血肉を削っていました」
――その最前線となった場所の近くに、わたしが幼少期を過ごした孤児院は建てられていました。
これはシスターから聞いた話になってしまいますが、どうやらわたしは赤ん坊の時に捨てられたようです。
ああ、そんな悲しい顔しないでください。
わたしは別に捨てられた事に対して怒っていませんし、わたしを捨てたであろう両親、またはその親族の事を怨んではいません。時代背景的に仕方がなかったというやつなんでしょう。
◇◇◇
ある日の朝、孤児院の戸を叩く者がいました。
『こんな朝早くから、一体どちら様でございましょう?』
年配のシスターが扉を開けます。しかしそこには誰もおらず、赤ん坊の入ったカゴと紙切れが一つ。紙切れには『ティルラ』という女の子の名前が書かれていました。
そうです。そのカゴの中に入っていた赤ん坊がこそがわたしなのです。
それからの事はあまり良く覚えていません。年配のシスターによく面倒を見てもらっていたのはなんとなく覚えています。あとは髪色の事で他の孤児達に後ろ指さされたり、年の割には大人びた性格だったので年配のシスター以外には気味悪がられていた毎日だったと思います。
その8年後。
戦場は移り変わり、魔族と人間の主戦場もまた別の地となりました。今思えば、あの時孤児院が魔族に襲われなかったのは奇跡でしたね。
当時8歳だったわたしはこんな狭い檻の中から早く解放されたくて、こっそり孤児院を抜け出してやろうと計画していました。そんな時です。あの人がやってきたのは。
『なんだー? ガキの癖に大人が見るような書物読みやがって。お前のような年頃の子供はな、可哀想なお姫様がイケメン王子様に見初められてキャッキャウフフするような童話を読んで顔を赤らめてる年頃なんだよ』
『……わたしになにかようですか? あと子供に対する偏見が酷いですね』
一目でめんどくせータイプだというのは分かりました。
相手をするのも面倒でしたが、着ている服が上質な物でしたので、もしも相手がお貴族という部類の人間なら流石に失礼だと思い、軽くお話しする事にしました。
『ん? ああ、今私は絶賛後継者探しの真っ最中でな、お前面白そうだから私の後継者にしてやろうか? 修行はキツいが、ここよりはいい暮らしさせてやるぞ?』
『……お断りします。会ってすぐの人について行こうだなんておバカのする事です』
『ははっ、分かったぞ。お前人から好かれた事ないだろ? 私と一緒に来れば魔法が使えるようになってモテるようになるぞー?』
ピキッ。
『は? 別にモテたいとか思ったことありませんけど?』
なんですかねーこの人は。わたしのぷらいばしーにズケズケと入り込んで来て。
『ははっ。幼女に睨まれても迫力に欠けるな。あと人に好かれた事がないのは否定しないんだな』
『な、ちょっ、やめ、あたまさわらないで下さい』
すごい乱暴な手つきで頭をわしゃわしゃされました。この人、絶対今まで子供と触れ合った事がなかったなって子供心ながらに分かりました。
『わたしはそういうの苦手なんです。やめてくださいって!』
『照れるな照れるな。いいんだぞーもっと私に甘えても』
そう言いながら、あいも変わらず頭をわしゃわしゃしてきやがります。
そしてわたしの反応を見ながら、お、ここがいいのか? ん? ここがいいのか? と声を掛けてくる始末。
なんです? わたしはあなたのペットか何かですか?
『本当に嫌なんですって!』
本気で嫌がると彼女はパッと手を離しました。そして一言。
『――そうかい。お前変わってるなー』
その言葉にプッツンと、わたしの中で何かが切れる音がしました。
『むぅ。あなたにだけは言われたくない! 変な帽子と格好をしたおばさんには!!」
『――お、おばっ、!? 私はまだ24歳のピッチピチの若者だぞ!』
『本当に24歳だったらわざわざ自分でピッチピチの若者なんて言いませんよ。馬鹿なんですか? おばさん!』
『あ、こいつ二度も私の事をおばさんって呼びやがった。もういい、こいつに決めた。そこのシスターこいつを引き取りたい。至急書類の申請を――』
そこまで言いかけた所で、わたしは彼女の腰にガバッと飛びつきました。
『か、勝手に決めないでください! わたしの意志は無視なんですか!?』
『……シスター。急いでるので早めに手続きをお願いしたい』
『無視ぃーーーー!?」
幼女の必死の抵抗も虚しく、あれよあれよという間にわたしの出立は決まってしまいました。
『うう、なんでこんなおばさんなんかと……』
自分の荷物をまとめたわたしは、とぼとぼと彼女と共に孤児院の出入り口へ向かいます。あと少しで門を越える所まで来た時、隣を歩く彼女の足が止まりました。
『?』
わたしがそちらを見上げると、女性はとても神妙そうな顔をしていました。
『……見送りは二人だけか、それも片方は仕事だから。寂しいなお前』
『あ? うっさいです』
杞憂でした。ただのクソ野郎でした。
見送りに来てくれたのは昔から何かと世話をしてくれた年配のシスターとわたしの受付をしたシスターの二人だけでした。
だいたいなんなんですかこの人は。急に来て、わたしを弟子にしようとするなんて。
『私の事が信じられないか?』
『――っ!?』
今、わたしが心の中で思っていた事を当てられた!?
『そう驚くな。不安そうにしていたから少し心を読んだだけだ。そうだな。じゃあ弟子になるお前に師匠からの最初の授業だ。私は英雄だ。英雄だからその権限でお前を弟子にする事が出来る。お前の意志関係なくな』
『そうですか』
『だが本気で大賢者の後継者になる事が嫌なら私はお前を連れて行かない。どうする? 決めるのはお前だ』
断ったら最初で最後の授業になっちまうがなと、女性はカラカラと笑います。
しかしどうするべきでしょう? この孤児院にいてもいい事はあまりありません。なにせ近々家出しようと考えてたくらいですし。それならいっそのことこの大賢者と名乗る方について行くのもアリかもしれません。
『わたしは……』
『馬鹿にした奴らを見返したいか?』
『……出来るものなら』
『出来るさ。お前はわたしの弟子になるんだからな』
『……その根拠は?』
『私が大賢者だからさ。大賢者は絶対に嘘はつかない。特に自分の弟子にはな』
彼女が手を伸ばします。
『私について来るんだったらこの手を取れ。なぁに取らなくても最低限の面倒は見てやる。私の側が嫌だったら、ここよりもっと良い所を紹介してやるしな』
『……別に嫌ではないです』
『そうかい。で、答えは?』
出会ってまだ数刻しか経っていませんが、なんとなくこの人とは波長が合うようでこういう会話も悪くないと思っていました。
ふむ、どうやらその時点でわたしの心は決まっていたようです。
わたしは彼女が伸ばしていた手を掴みました。大きな大人の手でした。
『ティルラです。ふつつかものですが宜しくお願いします』
『シャルティア・イスティルだ。あと戸籍上お前は私の娘になるから今日からティルラ・イスティルと名乗れ。あと私の事はおばさんではなく“師匠”と呼べ。いいな分かったか? 今度おばさんって言ったらぶっ叩くからな』
ニカっと笑う師匠の顔に、太陽の光がきらりと照りつけます。確かにおばさんは言い過ぎでしたね。
『くすっ。分かりましたよ、
『ああ、
それが師匠との、大賢者シャルティア・イスティルとの出会いでした。
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