閑話 準魔法使いアーティー・ストゥルトゥス

「ふん。――《きえろ》」


 その一言で炎はかき消え、彼は人差し指を壁に向け魔法を放つ。


「《焼き切れ》」


 壁の中にあった魔紋を粉々に破壊する。


「さすがオルドス様! 杖無しで大賢者様が施した仕掛けを解除なされるとは」


「いや、それより詠唱無しで魔法を行使されるとは……おみそれします、オルドス様!!」

「魔法だけじゃないですよ! 身のこなしも軽やかでいらして。何よりその決め顔、私、見惚れてしまいます!」


「俺も…………このくらい……早く……強く…………なりたい」


 聞き飽きた言葉を無視して、オルドスは屋敷を散策する。


 ティルラがこの屋敷を出て1ヶ月以上経つというのに、まだ半分も探索が終わっていなかった。

 

(……罠が多い所と少ない所がある。罠が多い所には大事な物があると見せかけてその実何もなかったり。シャルティア様め、いい性格をしておられる……それに命に関わる罠とそうでない罠がある。部下達は気付かなかったが先程の罠は後者の罠、あの罠を作ったのは弟子の方であろう。あの小娘は私に罠がある事を話していなかった。その罠の発動条件も……思えば数年間通い続けていて、シャルティア様が屋敷に入れてくれた事は一度たりともなかった。せいぜい庭程度だ。それも弟子との決闘の時だけ……結局彼女が本当の意味で心を許していたのはティルラ・イスティルだけだったのかもしれんな)


 付き合っていたと噂される国王や学生時代懇意にしていたとされる王妃に王宮へ招待される事はあっても、決して自分の屋敷に特定の誰かを招く事はなかった。


 活動方針の違いから何度となく彼女には頭を悩まされてきたが、それがまさか亡き後までとは。


 そう思えど、オルドスの顔に浮かんだのは嬉々とした表情であった。


 世紀の大賢者シャルティア・イスティルの事は尊敬している――だが、それと同じくらい彼は欲に忠実で、またプライドも非常に高かった。


 彼はリベンジとばかりに指を鳴らす。


「オルドス様……いかがなさいましたか?」


「何でもない。それより貴様ら、こんな玩具に何を手こずっている! これはシャルティア様が作ったものではない。もちろんあの方が作った物もあるが、今のはが作ったものだ。そんな見分けも付けられんとは……それでよく魔法統率協会のバッジを付けられたものだな!」


 言い返すものはいない。誰もがただ嵐が過ぎ去るのを待つばかり。


 そんな中、唯一彼の期待に応えられる職員が遅れて屋敷へとやって来た。


「マスターっ、ひどいっすよぉ……アタシを置いてくなんてぇ」


 他の職員と同じ制服に身を包んではいるが、スカートの丈は妙に短く、シャツのボタンはだらしなく二つ開けたまま。


 跳ねた黒色の髪を揺らしながら、彼女はぱたぱたとオルドスの元へと駆け寄って、ジトッと責めるような目を向けてくる。


 その整った容姿、細くしなやかな肢体、出る所は出ていて引っ込んでいる所は引っ込んでいるという凹凸に富んだ身体に、周りにいた職員達は同性も含めてみな目を奪われる。


 この国で黒髪は珍しい。と同時に黒髪は、おとぎ話の中で悪い魔族を退治した英雄の髪色とされている為、子供達からの人気は高く魔法適性も高い結果を出す者が多かった。


 黒髪は遺伝ではなく突然変異の髪色とされていて、その髪色で生まれてくる確率はかなり低い。


 それだけ黒髪は銀髪と同じくらい珍しい髪色なのだ。


「乗せてくれるって言ったじゃないですかぁ! お陰で本部から走ってきたんですよー。もうくたくたですぅー」


「お前が時間通りに来ないのが悪い。それに身体強化魔法の訓練になったからいいだろう。それより――」


 オルドスの厳しい視線が彼女の豊満な胸元へと落ちた。


「――なんだその格好は! ボタンを閉めろと何度言わせるつもりだ!!」


「私に合うサイズがないんだから仕方ないじゃないですかー! わたしに言わないで胸に言ってくださいよ!」


「ええい、ならオーダーメイドで作ればいいではないか! それくらい頭を働かせろ!!」


「高いから嫌ですよぉ。服にお金を使うくらいだったら自分の研究にお金を使いたいじゃないですかぁー」


「どいつもこいつも研究、研究と。魔法使いはこれだから」


「マスターだって、同じ魔法使いじゃないですかー。仕事で忙しくて自分の研究をする時間がないからって他人に当たるのはよくないと思いますですよぅー」


「このっ……減らず口を叩いている暇があったら働け。お前には才能がある。だからこの私が直接弟子に取ってやったんだ。給料分の仕事をしろ」


「はいはい。わかりましたよー」


 彼女はこの魔法統率協会全職員の中でただ一人の全属性の魔法使い。紛うことなき稀有な才能の持ち主だ。


 杖を取り出した彼女が「あっ」と頓狂な声を上げた。


「思い出しました。マスター悪い知らせが二つほどあるんですけど、どっちから聞きたいですかぁ?」


 何ら意味のない選択肢だった。


「どっちでもいい。さっさと話せ」


「コホンっ。じゃあ小さい方からにしますけど、クレア様とクリュス様が家出しました。なんでも研究が行き詰まったからって、金庫から一年分のお金を抜き取って……」


「……は? あの二人また好き勝手しおって、すぐに追っ手を放ち捕まえろ!」


 これで小さい方なら、大きい方はどんなものなのかとオルドスは頭を抱える。やる事が山積みだった。


「もう位の高い魔法使い達に追跡させてますので安心して下さい。……追いついても捕まえられるかどうかは別として」


「おい、今何か言ったか?」


「いいえ、なんでも。それで大きい方なんですが……なんか魔族の生き残りを見た?っていう目撃情報が多数本部に寄せられているみたいですぅ――ってきゃあ!?」

「お前は協会の人間として自覚を持て! 緊急事態に何を他人事のように言ってる!! 魔族が来ていたら我々が迎え撃たねばならんのだぞ。国との契約だからな。序列一位と二位がいない今苦労するのはこの私なんだ! そういう大事な連絡はもっと早くよこせ!」


「ああ、もう。だからってそんな叩かなくても良いじゃないですかあ! せっかくセットした髪がぐちゃぐちゃですぅ」


 鏡を取り出して、身嗜みを整え始める弟子に溜息をつきながら、彼は一呼吸置いて聞いた。


「それで、目撃情報はどこだ?」


 これは仕事だ。今はそう割り切るしかないと。


 弟子はメモ帳のようなものを取り出し、付箋でいっぱいのそれをペラペラとめくる。


「えっと、確かロフロス村? っていう辺境の地周辺で見かけたという報告を受けてますねぇ」


「そうか……分かった。ではそちらは私が対処する。民間人に騒がれる前に事を終わらせなくてはいけないからな。お前には向いていない。代わりにここの掌握はお前がやれ」


「はいですぅ。いつも通りにやっても?」


「ああ、構わん。協会の職員なら知っている者が殆どだろうが彼女の魔法は強力だ。貴様ら巻き込まれるぞ。屋敷から退避しろ。では後は任せた」


 彼女の肩を叩いてオルドスは扉へ向かう。


 去りゆく彼の後ろ姿に、いくら彼女の師匠だからって協会のアイドル的存在である少女の肩に、気軽に触れるのはいかんのでは? という視線が注がれていたが、それに気付いてか、彼は一度振り返り睨みを利かせると、高らかに宣言する。


「準魔法使いアーティー・ストゥルトゥス。お前にここの指揮を一任する」

「了解ですぅー」


 オルドスは満足そうに頷き、屋敷を後にした。


 その後、協会の報告官から屋敷の経過を聞くとアーティーが来てから順調に進み、あと一週間もあれば二階は攻略出来るとの事だった。


 彼女は特別な魔法を行使する。


 これを知っているのは協会の中でもオルドスに認められた者達だけだ。


 アーティー・ストゥルトゥスは古代に失われた魔法、


 神級魔法【――】を使えるのだ。

 

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