第71話 大賢者様はこわい話が苦手なようです

 ソフィーが精神マインドを回復して戻ってくるまでの間、フィアと一緒にアリス様と楽しく雑談していると彼女から興味深い話を聞きました。


「そうそう。さっきここに来るまでに何か起こらなかったかってソフィーさんが聞いたと思うけど、それで思い出した事が一つあった。ちょっと怖い話になるけど平気?」


 こわい話……今日の夜、嵐になったりしませんよね?


 いえ、別にこわい話が苦手とかそういうんじゃないんです。


 ただ、まだソフィーやフィアに、雷が鳴ってる日はリベアと一緒のベッドで寝ているって事を内緒にしてますから。


 わたし雷嫌いですし……。


 ほら、怖い話をした後って雲行きが怪しくなりません? そういうやつですよ。決して今からされる話が怖そうだとか思っていません。


「ほうほう、怖い話……ですか。だ、大丈夫ですよ。聞かせてください」

「フィアも是非聞きたいです!」


 返答が若干上擦ってしまったのと、顔がこわばっていたせいか、アリス様には少し怪訝な顔をされてしまいましたがフィアがとても聞きたそうにしていたので、そのまま話し始めました。


「えっとね……」


 アリス様曰く、ここまで来る道中、誰かに襲われるという事はなかったが、森を抜けて、村へと続く橋を渡る際、背後で変な気配を感じたという。


――誰かに見られてる?


 視線を感じ、後ろを振りかえってみたがそこには誰もおらず気配も同時に消えていた……との事でした。


 なにそれ、こわーー!


「それ怖い話ですね……今度街に出る時は、あそこを通るのはやめて遠回りしていきましょう」

「ティルラ様。それでは街へ着くまでに日が暮れてしまいます……」


 馬車で行くにしても腰が痛くなってしまいますし、と馬車に長時間乗って身体を痛めた事を思い出したのか、フィアが腰をさすります。


 彼女はソフィーと共に実家を出た際、家の馬車は使えないとの事で民間の馬車でやってきたと言っていました。おそらくその時の経験でしょう。


 グラトリア家が用意したような貴族用の高級な馬車は別格ですが、確かにあれは苦痛です。わたしがこの村に来るために乗った馬車も馬車代をケチった為、乗り心地最悪、もう歩いて行こうかなと何度も思ったくらいでしたから。


「大丈夫です。【転移】みたいな太古の昔に失われた魔法なんかは使えませんが、そこは身体強化で走ればなんとかなります! 歩きや馬車で行くより断然早いですよ!!」

「身体強化の魔法は短時間でも魔力の消費が高く、身体に負荷がかかると聞きます。それは魔力量の多いティルラ様だからこそ出来るのではないでしょうか?」


「うーん言われてみれば確かにそうですね。師匠もわたしの魔力量は化け物レベルって言ってましたから」


 わたしの【次元収納】と同じく、【転移】の魔法も今では神級魔法と呼ばれる特別な魔法で、使用者は国に重宝されると聞きます。とはいっても数千年に一度の確率でしか現れないので、今の時代に使える人がいるとは限りません。いたとしてもわたしのように黙っている者の方が殆どでしょう。


「二人は何か知らない。昔あの辺で人が死んだとかそういう話」

「聞きませんね〜。フィアもティルラ様も元々この土地に住んでいた者ではありませんから」


「そっか。面白そうだと思ったのになー。あ、メイドちゃんは王宮の七不思議聞きたい?」

「え、フィアすごい興味があります!! 聞かせてください!!」


「えぇ……」


 どうやらうちのメイドは大層なオカルト好きだったらしく、すごい勢いでアリス様の話に食いついていきました。


(そういえばフィアは催眠が得意でしたし、そういう分野に精通しているのかも知れません。でも怖い話はもう勘弁して欲しい所です。確か七不思議ってどこかの村の伝承で、全部聞いたら死んでしまうやつだった気がします)


 止めたいけど、七不思議の伝承を本気で信じているとは思われたくなくて、手を出したり引っ込めたり挙動不審になっていたら隣に救世主が現れました。


「アリスさん。ティルラは怖い話が苦手なので、その辺にしといてあげてください。もう泣きだす一歩手前です」

「あ、そうだったの。ティルラさんごめんね」


「そんな事ありません。リベア、今日の夜だけトイレについて来てください」

「年下に縋るって、恥ずかしくないんですか師匠?」


「恥ならとうの昔に捨てました――お願いします」


 手を合わせてお願いをすると、弟子は分かりましたから、と呆れ顔で頷いてくれました。


 安心感と引き換えに、師匠として何か大切な物を失った。そんな気がしました。


(でも良かった。これで首の皮一枚繋がりました。屋敷に一人でいた頃は朝まで我慢したもんですから、あんな思いをするのはもう勘弁願いたいです……)


 その夜、眠気まなこの弟子にトイレへついてきてもらった後、扉の前で待っててと言ったのに置いてけぼりにされる事になるとは夢にも思っていない師がそこにはいました。

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