第70話 思い描いていたスローライフ
「あたし騙され、えっ、あ……」
「あらら、ショックで口調が子供の頃に戻っちゃってますよ」
それにお顔も真っ赤です。
「ううっ。恥ずかしすぎるわ……ぇん」
あ、また床にへたり込んだ。このままほっとくと幼児退行しそうな勢いですね。
「もうほら、しっかりしてくださいよ。逆にどうして唇にすると思ったんですか?」
彼女の腕を掴んで立たせ、ガクガクと縦に彼女を揺らすと、ソフィーは『うぁ〜』と声を震わせながら弟子を指さします。
「だって、リベアちゃんが……」
いけませんね、自分のミスを他人のせいにするとは。お母様に悪い事だと習わなかったんでしょうか。
「弟子の誇張を信じてしまったソフィーが悪いです。よって弟子は何も悪くありません。それに……」
涙目のソフィーにここぞとばかりに正論をぶつけていると、スッと割って入ってきたフィアがわたしにパチリとウインクをかましてきました。
そこを代われって事ですね。ふふ、了解です。
「フィアからも何か言いたい事があるようですよー。どうぞ」
「フィア……」
「お嬢様……」
大人に庇護を求める小動物のような目で自分に縋るソフィーにキュンときたのか、フィアは彼女をそっと抱き寄せました。
人の温もりに安心したのか、それとも年下の少女から溢れる母性にあてられたのか、彼女はフィアの胸に顔をうずめます。
微妙な胸のわたしじゃ出来なかったやつです。
「大丈夫です、お嬢様――全てティルラ様の言う通りです」
「え」
その言葉を聞いて、驚いたようにソフィーは少し胸から顔を上げます。
「私の味方じゃないの?」
ソフィーの目尻に再び涙が溜まりかけ、そっちの味方なの? というニュアンスが込められた目をフィアに向けます。
ですが次の言葉で、ソフィーの顔色はパァっと明るくなりました。
「全てはリベアさんの教育を怠ったティルラ様のせいなんですから」
あれ、フィアさん? ここは追い討ちをかけてくれる所ではなくって?
「ん? どうしたんですかティルラ様?」
「なんでもないです……」
有無を言わさぬ威圧……そうですか、分かりました。
「ぅ……よね」
「はい?」
「――そうよね。あなたの言う通りよ、リベアちゃんは何も悪くない。ごめんねリベアちゃん」
フィアの胸から完全に顔を上げたソフィーは、もういつも通りの彼女でした。
「い、いいえです。そ、そんな頭を下げないで下さいっ!!」
「悪いのはリベアちゃんの教育に悪い本を読ませたティルラよ」
書斎に置いていたのを『これは……!!』と勝手に読みだしたのはリベアなんですけどね。
うーん、これは風向きが怪しい。わたしの事情は汲んでくれないんですか、そうですか……だったらやられる前にやってしまいましょう。
「――キス」
「なっ!」
「むっつりスケベ」
「はっ――それだけはやめてっ!!」
わたしが自分の胸の辺りをとんとんと叩き、ニヤリと口角を上げると、何を言おうとしているのか察したソフィーが今日一番の声を上げます。
ですがもう遅いっ! 賽は投げられました!!
「ほっぺにキスされるくらいなら、本当はわたしにやってもらいたかったとか考えてる人」
「いゃぁぁぁぁぁあー!!」
言葉の暴力をぶつけるのみです。最後の文言はソフィーの心を読んでやりました。してやったり! です。
「ティルラ様、それ以上は……お嬢様のライフはもう0です」
「やだ……あたし、ティルラとキスしたいなんて、思ってないんだから……」
「ソフィーさんが壊れちゃったよ」
アリス様がツンツンと触ってもソフィーは全くと言っていい程無反応。ぶつぶつ呟くだけの存在となってしまいました。
「ありゃりゃ、やり過ぎました。リベア、心のケアをお願いします」
「もちろんケアはしますけど……。師匠、心を読むのはやり過ぎです。そこで反省してください!!」
「はい。わたしはとてもいい子なのですっごく反省します」
「雑草決定ですね」
地獄のような宣告をされて、情けなく弟子の足にしがみつく師匠がいました。誰でしょうね、そいつ。全く恥ずかしい人です。
「あなた達はいつもこんな感じなの? すっごい楽しそうね」
「アリス様も一緒にお住まいになったら、もっと楽しめますよ」
「そうね。それもありかも……」
「「「絶対やめて下さい!!」」」
「あ、ソフィーさんが元に戻ったね……一瞬」
「う……あぁ」
アリス様の爆弾発言に一瞬だけ元のソフィーが帰ってきました。王族の人と一緒に住むなんて考えられません。同じ屋根の下に王族がいるとなると常に緊張してしまうでしょうし、護衛の人だって近くに住む事になってしまいます。
そんな人に囲まれた生活……わたしが思い描く理想的なスローライフとは程遠い物となってしまいます。
「とりあえず魔力譲渡の効果が切れる前にソフィーを元に戻してやってください。まあ、リベアクッキーを三つほど食べさせてあげれば戻るでしょう」
「はーいです。キッチンにいきますよソフィーさん!」
「うぅ、思ってないわー」
ニコニコしながら幼馴染が去った方向を見つめる美しい銀髪の美少女が一人。彼女は最近リベアにならって髪を伸ばし始め、肩に掛かるくらいまで伸びました。これ以上伸ばすかは少し考え中です。
「ふむ、ソフィーが帰ってきたらわたしの髪に合う美容品を見繕ってもらいますか」
今は研究に忙殺される事もありませんから、女の子らしい事をしてみたい気持ちが研究欲に勝ります。
「む、師匠。反省してます?」
キッチンの方から声が掛かりました。何かを察したのでしょうか?
「してますしてますよー。だから雑草はやめて下さいねー」
ちっとも反省していない大賢者がそこにはいました。
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