第69話 騙されたソフィー
折檻を終えたわたしがソフィーと共に客間に戻ってくると、そこには口一杯にお菓子を詰め込んだアリス様がおられました。
「おふぁえりー」
両隣にフィアとリベアを侍らせており、彼女達にお菓子を口まで運んでもらっていまふ。まふ? まふってなんだよわたし。
「アリス様、あーん」
「アリスちゃん、あーん……あ、師匠お疲れ様です」
クッキーをアリス様の小さなお口へ運びながら、弟子は軽く後ろを振り返りました。
「……どういう状況です、これ?」
「ほっとかれて拗ねてしまったアリス様を私たちで宥めている状況です」
「的確な回答ありがとうございます。アリス様、すみませんでした」
少し身内で盛り上がり過ぎました。ソフィーが倒れた後の展開、アリス様は完全に蚊帳の外でしたから。
わたしは素直に頭を下げます。王族である姫様がいるにも関わらず彼女を蔑ろにした罪は受けねばなりません。
しかしそれとは別に、頭を下げて許してもらえるのなら、プライドなんか捨てて謝って許してもらおうという魂胆でした。
だって頭を下げるだけで今日を生き延びる事が出来るんですよ! 貴族の方々はなんでそれをしないんでしょうかね? わたしと違ってプライドが高いんでしょうね、きっと。
「もぐもぐ、んっ、ごくっ……。このメイドさんにも言ったけど、様はいらない。ここでは呼び捨てでいいから」
「……分かりました――アリス」
少しの葛藤の後、わたしは彼女の仮名を呼び捨てで呼びます。
リベアやフィアが少し驚いたような顔をしましたが、その方が良いと判断したのは他ならぬわたしです。だからそれを口に出すことはありませんでした。
「うん、よし!」
畏まった口調で喋るよりは割とフランクに接した方がアリス様に好印象を与える事になるのは、リベアに対する態度を見ても明らかでした。
二人が驚いているのは、『自分の時はあんなに渋っていたのに……』という想いが根底にあるからでしょう。別に二人を呼び捨てする時だって嫌だったわけじゃありません。
リベアの場合は弟子と師匠のちょっとドライな関係を壊すことになるかもしれないとか、わたしまで弟子の事を意識するようになったら色々我慢できなくなっちゃうかもとか考えていましたし、ソフィーに関しては半ば強引に呼ばされました。
ん、あれ? そういえばリベアも『弟子をやめる。やめさせたくなければ我を名前で呼ぶのだー! ガッハッハー』みたいな感じだった気が……はっ、もしかしてわたしなにも悪くないのでは!?
「師匠、その妄想は捏造です。あと色んな
「そうみたいですよーティルラ様〜」
「ティルラの事はまあ、どちらかといえば好きだけど……そういう好きじゃないから! 勘違いしないでよ!!」
どうやらわたしの妄想は口に出てしまっていたようです。
一挙に責め立てられるわたしを見て、アリス様は顎に手を当てて言います。
「これは賢者特有の性なのかな? 新任の大賢者様
だからモテモテじゃないんですって、それに『も』ってなんですか『も』って!
「ま、いいや。私にはもう意中の人がいるから。ティルラさん、ごめんね。あなたの愛人にはなれないよ」
「アリス、勝手にフラないで。そもそもあなたを誘惑したりなんてしないので安心して下さい」
「師匠! 私は大歓迎ですよ!!」
「リベア、あなたは少し自重して下さい!!」
「いーやーでーすー」
いーっと白い歯を見せるリベア。わー綺麗なお口。歯並びもいいし毎日しっかり磨いているからピカピカ……じゃないよ!
この子はもうーー……ふぅ、一旦落ち着こう。
ガバッと抱きついてきた弟子を剥がしつつ、わたしは三人に目配せします。
「リベアさん。その辺にしておきましょう。ティルラ様に本気で嫌われちゃいますよ」
「はーい」
ストッパー役のフィアに肩を叩かれ、リベアは静かに体を離します。
わたしが言った時も、今みたいに素直に離れてくれたらいいんですけどねー……無理か。
「これ以上変な雰囲気になる前に魔力譲渡を行いましょう。ソフィーもわたしの魔力を見たいんでしょう?」
こてっと首を傾げてみると、ソフィーは手で顔を覆ってしまいました。なんで?
「そ、そうだけどちょっと待ってまだ心の準備が……」
指の隙間からこちらをチラッと見ては顔を赤くし、どうにもわたしとのキスの事が気掛かりのようです。
「ふむ。ソフィーはわたしとキスするのが嫌みたいですので、代わりにリベア、お願いします」
「はーい、です!」
「え、嫌なんて言ってな――ちょ、ちょっといいのあなたは。自分の弟子が私にキスしようとしているのよ!?」
「リベアがいいならいいんじゃないですか。わたしの方がお好みなら代わりますけど」
そう言ってあげると彼女はグッと胸に拳を作り、こちらをキッと睨みました。
「そんな事は言ってないわよ! で、でも、リベアちゃんだってティルラ以外の人にキスするなんて浮気してるみたいで嫌でしょ?」
「え、ソフィーさんなら別に嫌じゃないですよ? それに師匠もいる事ですし、浮気にもなりません。キス的にもノーカンですし」
そう問われると、リベアは妖精のような笑顔で可愛らしくはにかんでみせました。
あれを真正面から受けたら、いくらソフィーでも即堕ちますね。
「それならまぁ……え、キス的にもノーカンってどういう事っ、ま――」
「待ちません」
彼女の首筋辺りにリベアの吐息がかかり、その鎖骨を優しく撫でます。
「――ソフィーさん。暴れないで下さいね」
「あ、リベア……」
優しく、とろけるような声色が彼女の耳に響きます。
「ひ、ひぃゃあ……」
情けない声を出すソフィーの肩を小柄なリベアが背伸びをして掴みます。
もはや避けられないと覚悟したのかソフィーは彼女に合わせて少ししゃがみ、ぎゅっと目を瞑ります。そこへゆっくりとリベアのピンク色の唇が迫り、彼女の唇と合わさ……
――小さな天使様による甘いキスが落とされました。
「ん……」
柔らかいもので唇を塞がれるっという展開にはなりませんでした。あ、ソフィーのやつめっちゃ呆けてます。くすくす、何があったの? 的な顔してますね。
「あ、え……」
「はい、終わりです! ソフィーさんがあまりにも純粋な目で見てきたので、こっちまで変に緊張しちゃいました」
そう、リベアがキスしたのは唇ではありません。そのすぐ近く――ほっぺなのです。
簡単な魔力譲渡を行う場合はほっぺでも可能なのです。もちろんこの場にいるソフィー以外の全員がその事実を知っていました。フィアには先程、リベアとアリスで教えていたようです。なのでそれを知らないのはソフィーだけ。
「あ、あ、あっ……」
みんなに騙されていたと知ったソフィーは、みるみる内に顔を真っ赤にして口をパクパクさせるのでした。
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