第64話 不敬罪で処罰されちゃいます
ソフィー・グラトリアという少女は私の知っている限りかなりの情報通です。王女が失踪したという一般には知らされていない内密な話も、グラトリア家のコネに頼らずとも入手できるパイプを彼女自身が持っています。王国の姫君が家出なんて一大事ですからね。
情報は商売人にとって命といっても差し支えありません。情報一つで良い方向にも悪い方向にも事態は転がりますから。戦争だったら尚更です。
――情報とは武器なのです。
彼女はグラトリア家の名を冠さず、三年の間に自分の力だけで何かしらの業績を挙げなければなりません。
ですから王家秘匿の情報を知る。そのくらいは出来なくてはならないと言っていました。
彼女が行っていた交渉の中には、グラトリア家の積み上げてきた功績があったからこそなんとかなっていたものが多く見られました。現状その後ろ盾がなくなった今、昔馴染み以外は話し合いのテーブルにもつかせてくれないのだそうです。
さて、ここまで彼女の事について語りましたが、つまるところそんな有能な彼女でもこの状況は予測できなかったようです。
「今日ソフィーがこんな話をしなければ、というか王女様がこんな近くまでやって来ているなら、もっと早くに教えて欲しかったですよ!」
「そんな事言ったって、私だって今朝情報が入ってきたのよ!」
王女様のアポ無し訪問に、狼狽する私たちはとにかくあせあせわたわたと責任を押し付けあっていました。
「じゃあ朝一で教えてくれればよかったじゃないですか!」
「すぐに教えようとしたけど、あんた眠いから後にしろって言ったじゃない!」
「――記憶にございません!!」
「便利ね! その言葉!!」
うぁああー! 言葉の応酬からポカポカ殴り合いが始まります。
そんな私たちの様子を窓からずっと見ていたユリア様が、くすっと笑ったかと思うと戸口に回り、早く開けろと催促するように扉を叩きます。
私とソフィーはお互いのほっぺたをむぎゅっと掴んだまま顔を見合わせます。
え、なんですか今の笑み? もしかして『なにこの人たち責任の押し付け合いしてるの? バッカみたい、二人とも死刑にしちゃおう〜』みたいな流れになるんじゃないですよね? 嫌ですよ、まだ私死にたくありません。
「ほふぃー」
「ひぃるら」
喧嘩なんてしている場合じゃないと、お互いほっぺたから手を離します。手を離すとソフィーのほっぺは真っ赤っかになっていました。
「いたた」
ちょっと強くつねり過ぎたかもしれません。でも私だって手酷くやられましたしおあいこです。
「ソフィー。や、やばいです!
「決め付けは早いわよ! まだ聞かれてない可能性だってあるんだからっ!!」
「でももしも全部聞かれてたら……逃げるしか……」
お金は足りるでしょうか? 今まで節制をしていた分を含めて、ええとここからの馬車代と宿代……ああ、だめです。街道を通って行ったら検問所で捕まってしまいます。
王族に手を出すのは……それこそいけません。というか勝てない気がします。元来王族って武術も魔法も怪物だって聞きますし。王族はちょろいとか言いましたけど、あれは嘘です。王様が甘かったのは師匠限定です。私には作用しません。ごめんなさい。
だって、師匠と王様は学院時代
それも王様が学院の卒業時に結婚を申し込み、「は、いやだよ?」と師匠に手酷く振られた挙句、それでも諦めきれず何度も彼女に迫ったため、最終的には魔法でぶっ飛ばされ、それから私には頭が上がらなくなったって師匠は笑いながら言っていました。
いやこの話を聞くと一番やべーのは師匠ですよね。普通王族からの求婚を断りますかね? それによく王族相手に魔法を使って罪に問われなかったのかが今でも不思議です。
私が聞いた限り、五回くらいは処刑になっていてもおかしくはありません。
現実逃避に加え、お金の勘定を始めた私を見て、ソフィーは自身の身を案じ始めました。
「待って、よくよく考えたらおかしいわ。あなたしれっと私たちって言ったけど、私はあなたと逃避行するなんてごめんよ! 逃げるのはあなただけ! 私とフィアとリベアちゃんは無実なんだから」
「ちゃっかり私の弟子を連れて行こうとしないで下さい!! 同じ屋根の下に住む者同士、連帯責任です!!」
「あなたこそ、リベアちゃんとフィアを巻き込むつもり満々じゃないの!!」
「師匠、ソフィーさん。どうしましたか!?」
私たちの騒ぎを聞きつけて、リベア達が様子を見に台所から戻ってきてしまいました。そしてあろう事か、フィアが「? どなたか外にいるのでしょうか?」と心の準備が出来ていないまま扉を開けてしまいました。
「あ」
外にいた人物を見て、フィアが真っ先に声を上げます。その反応だと相手が誰だか気付いたようです。
反対にリベアは自分と同い年くらいの女の子を見て首を傾げています。ユリア様はリベアより少し身長が低いので、年下と思ってしまうかもしれません。ここは師匠の私がちゃんと説明せねば。
「リベア、その人は――」
ですが私が発言するより先に、リベアがユリア様と私に噛み付きました。
「――師匠、誰ですかこの
リベアの師匠愛がここで爆発してしまいました。最近研究以外であまり構ってあげなかったからかもしれません。
(うわぁぁぁ! だめですよリベア!! いくら辺境の地に住んでいる娘さんだからって、王族相手にそんな事を言っては)
王族の顔を拝めるのは年に二、三回行われるパレードの時くらいですし、それも王都に住んでいる人限定なので、ただの村娘が顔を知らないのは無理もないんですが……。
「わぁ、
続くフィアの言葉に誰もが言葉を失いました。
確かにお胸が豊かなフィアさんから見れば、ユリア様は子供みたいなものですが、それはアウトです。
「ふ、フィア……それは、だめです」
「ふえ? どうしてですかティルラ様?」
彼女の目の奥で『可愛い子を弄るのは楽しいです〜』という彼女の本音が見えた気がしました。
この人、絶対相手が誰だか分かっててやっていますね。天然に見せかけて誤魔化すつもりです。
「ふふっ、ここには面白い人がいっぱいいるのね。来て正解」
くすりと再びユリア様が笑います。しかし言葉の割には驚くほど冷淡な口調でした。
私はその時悟りました。もうこれはどうにもならないと。
ずっと屋敷に引きこもってたわけですよ。
そんな私に、物事を丸く収める技術なんてあるわけないじゃないですか。
私は一体いつから、コミュ力があると錯覚してたんでしょう? コミュ力の化け物が周りに三人もいたから、私までコミュ力があると勘違いしてしまったのでしょうか。
フィアが言い終えた後の場の空気はひどく重く、潰れてしまいそうです。
その静寂を打ち破るかの如く、ゆっくりと家の中に足を踏み入れた第二王女ユリア様が一言。
「
それはこの場にいる全員の罪を問う発言でした。
(アリス……はてどこかで聞いたようた名前ですね。どこでしたっけ?)
みなが混乱する中、私はいやに冷静でした。
それはリベアのお母様から聞いた昔話。
政敵相手に誘拐され、この村に連れてこられた王族の赤ん坊。その幼き赤子を抱き上げた心優しき夫婦が名付けた名前。それが『アリス』でした。
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