第63話 予期せぬ来訪者

「それでなんでしたっけ? 我が国の王女様が私と師匠の研究を不要のものにした勇者様とご結婚ッ?」


 食事を終え、リベアとフィアが食器を下げにいったタイミングを見計らってソフィーに声を掛けます。


「どうせ魔王を倒し、民衆の人気を博している勇者を王家に迎え入れる事で国の更なる発展と安寧化をはかりたいだけでしょ。お二人方の結婚は醜い大人たちの計略による形だけのものにしか過ぎません。まあ何も知らない民は祝福するでしょうし、魔族も居なくなって平和になるのはいい事ですがね」


 ひとしきり言いたいことを言い終えると、ソフィーはちょっと驚いたような顔をしていました。


「ふぅん……そういう所はしっかりしてるのね」


「当然ですよ。聞いていなくて大変な目に遭うのはごめんですから。それに二人にはこんな話聞かせたくありませんし。ソフィーもそうなんでしょう?」


「ええ。でも事前に話してなかったのに、よく私が何か言いたいって分かったわね」


 弟子と使用人はいつも仲良くお喋りをしながら片付けをするので、暫くは戻ってきません。

 うーん、私も混ざりたい。


「もう何年の付き合いになると思ってるんですか? ソフィーの雰囲気でだいだいの事は分かります」

 

「そ、なら二人が戻ってくる前に話してしまいましょうか」


 こうして私がソフィーの話を聞く態勢を取ったのは、何か込み入った話の気配を感じたからです。私って、空気を読む天才ですね。


 そんな感じて自画自賛してたら、ソフィーにバッサリ切られました。


「でもティルラ。さっきの発言少し言葉に棘が多すぎよ。私たちの間なら問題ないけど、貴族、それも王族に今の話を聞かれたら不敬罪に処される可能性だってあるわ。王家の人達は比較的温厚だって聞いてるけど、勇者クロス様今や立派な王族の一員なんだから」


 声のトーンを下げて話を続けるソフィーに、私は女の子らしく編み物をしながらふむふむと相槌を打ちます。


 このマフラー、完成したらリベアにあげましょう。きっと喜んでくれる筈です。


 それにしても貴族らしい言い回しですね。ソフィーは勇者様は温厚ではないかもしれないと暗に言っています。


「……ねぇ、あんたふさげてる? え、なに、試されてるの私? 本気で怒っていいのかしら?」


「ソフィー。怒ると頭に血がのぼって血流の悪化を招きますよ。糖分でも補給しましょう……もぐもぐ」


 『ご自由に食べて下さい!!』と可愛いリベアの似顔絵と共に、白いお皿の上には手作りクッキーが置かれていました。


 それを一つ手に取ってパクリと呑み込みます。美味しい。あ、これは甘い。


「だから人の話をッ――んぐっ!? んぐんぐ……」


 ソフィーのピンク色をしたふにふにの唇に、リベアクッキーを押し付けます。


 いきなりクッキーを押し付けられて多少驚いたものの、ソフィーは大人しく私からクッキーを受け取ってポリポリと食べ始めます。


「私の弟子が作ったクッキー。美味しいでしょ?」


「んくっ――美味しいわよ! もうっ!!」


 ごくりとクッキーを呑み込んだソフィーがくわっと目を見開いて、話を聞いてくれなくてムカつくけど、クッキーは美味しいといった目を向けてきます。


 表情を見ただけで、具体的にソフィーの感情を説明できるって私も中々やばいですね。いや、説明できるくらいソフィーが分かりやすいのかも。


「もぐもぐもぐ……」


 からかうのはこのくらいにして、話に入りましょうか。リベアに言い付けられたらたまりませんからね。


「ソフィーが私に言いたかった事は王族の一員になった相手には言葉遣いを考えろって話? それならちゃんと考えてますよ。でも私は大賢者の正統後継者なんです。私の師匠には王様だってペコペコ頭を下げていました。なら私も同じ扱いを受ける事は間違いありません。だからちょっと失言したくらいじゃ、ぐちぐち言われませんよ。私も一度だけ付き添いで王様にお会いした事がありますけど、王族って案外ちょろそうでしたよ」


「……ティルラ。今自分が結構グレーなこと言ってるの分かってる? あと言いたかった事はそれだけじゃなくて実は――」


「はいはい分かってます分かってます。ですがこんなど田舎に王家の者の目なんてあるわけ……」


 不意に視線を感じ窓に目を向けると、ピンク色のアホ毛がひょっこりと見え隠れしていました。


(あれ……?)


 その特徴的な髪色に私は見覚えがありました。


(はえっ!? あの髪色って……確か王妃様は濃いピンク色の髪でした。今見えてるあの髪はそれよりも薄い、薄桃色をしています……)


 冷や汗が肌を伝います。

 この国に住まう民衆の多くは茶色や金髪系統の髪をしています。


 私のような銀髪はもちろん目立ちますが、立派なブロンドの髪をした国王と珍しいピンク色の髪と朱色の髪を合わせ持つ王妃はとても目立つ存在でした。


 背丈からまだ子供だということが分かりますが、この辺に住んでいる子供に桃色髪の子供なんていません。


 そして政務で忙しいはずの王妃がこんな所に来るわけもありませんでした。っとすると……。


「え、は? なんでここにが……だって結婚するんじゃ」


 説明を求めるべくソフィーに目を向けると、彼女も想定外の事態だったのか、口をポカーンと開けて窓を見つめておりました。


「ソフィー。だ、大丈夫?」


 彼女は貴族です。目の前に王族がいる……その心境は計り知れません。


 ゆさゆさと体を揺らすと、なんとか目に光が戻りました。


「……け、結婚するのは第一王女のビエンカ様。そして数日前に旅道具一式を持って王宮を飛び出し、行方知らずになったのがのユリア様よ」


「え、という事は今窓の外でニコニコと手を振っていらっしゃるのは……」


「ええ、本物の第二王女様でしょうね」


「ええええええぇーーー!? なんですかそれはぁー!! 絶対めんどくさくなる奴じゃないですかー! 私のだらだらのんびりスローライフ生活を返してくださーい!!」


 災難というのは、私が避けようとしても向こうから降ってくるようです。


 もう一度、桃色髪の少女の方を見ます。窓枠に手を掛けて必死に背伸びして立っている様子が伺えました。


「――――!」


 その口元が小さく動いています。あれはなんて言ってるのでしょうか? ええと、『ふ・け・い・ざ・い』。ん? 不敬罪? あれ、もしかしてさっきまでの話を全部聞かれて――あれれやばいぞー。


 どんどん青褪めていく私たちに、少女は無言で笑みを浮かべ、トントンと戸口を指差します。


 王族である彼女には絶対に逆らえません。逆らえば国から反逆者とみなされます。


 それはこの地に住まう者にとって、とてつもなく重い罪です。


 なので初めから私たちの中に、扉を開けないという選択肢は存在しませんでした。

 

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