第65話 心臓に悪い王族ジョーク

「いゃぁぁあー! 私は無実よ。こんな引きこもりだらしな賢者のせいで牢屋に入れられるなんて、ごめんなんだから!!」

「お嬢様落ち着いて下さいませ。確かにティルラ様は時々、性悪しょうわるな事をおっしゃいますがそれだけです。普段は大賢者として人々の生活が良くなるように活動していますし、私たちの事もよく見ていてくれてるじゃないですか」


 自分に訪れる未来を想像して、絶望したソフィーが頭を抱え半狂乱になって叫びます。そんな彼女の隣にフィアが寄り添い、主を落ち着かせます。


「師匠!!」


 幼子をあやすようにソフィーの背中をさするフィアを見て、リベアが期待するような目を向けてきました。


 いや、やりませんよ?


「……うう、前者はともかく、後者はどうせ『早く自立してくんないかなー。ソフィーがいるとどうにもグダグダ出来ないんですよね』って思ってるに違いないわ」


「あーその可能性はありますね。ティルラ様、意外とサバサバした性格をしていますから。私も一度だけシャルティア様にお会いしましたけど、今のティルラ様からは彼女と似通っている点が多く見られます」

「それは私も分かるわ。なんか年々あの人に似てきている気がするのよね」


「おい、こら。そこの二人、何勝手なこと言ってやがるんですか!」


 家主の私に向かってなんて酷い発言でしょう。


 早く自立して、適当にグータラさせて欲しいと思ってるのは事実なんですけど、それにしたって私の考えを一言一句当てるのはおかしい。


 ソフィー達と一緒に食卓を囲んだり、寝起きするのは別にいいんですけど、彼女が朝は6時に起床、夜は10時就寝という貴族らしい生活習慣と言ったらなんですが、その規則正しい生活リズムのお陰で私も朝は早起き、夜は遅くまで研究に没頭するようになってしまいました。いやどうしてそうなった。


 でも私が師匠に似てる? そんなわけありません。私は師匠のような荒っぽい口調じゃないですし、性格だって穏やかです。


 そんな私をあんな人と一緒にするだなんて……ははっ、冗談でもぶっ飛ばしますよ?


「むむむっ」


「むむむぅっ!」


 目を細め、口元を結んで二人に抗議していると、隣のリベアが私の真似をして師匠を睨みつけます。


 だから私はソフィーのように絶望なんかしませんって。だってさっきの発言は――。



「ふふ、なーんて。王族ジョークだよ。ってあれ、思ったより効いちゃったみたい? ごめんね」



「へ?」


 

 アリスと名乗った少女は実にフランクな物言いで、先程の発言が冗談だった事を明かしました。


「冗談……? よ、良かった……なら私はまだ死ななくても……」

「あ、お嬢様っ!」


 それを聞いて安心したソフィーは、へなへなへなーと力なく床にへたりこみます。


「まったく。いつものソフィーなら、私より先に冗談だって分かったでしょうに。それにソフィーが言ったんじゃないですか。王家の人達はみんな優しいって」


「れ、冷静になれるわけないでしょ。王族相手に……」


 フィアがぐったりと力の抜けたソフィーの腰を抱き、彼女の身体を起こします。


 そう、いつもの彼女なら気付けた筈です。


 本当に処罰するつもりなら、仮名であるアリスではなく、本名のユリアの名を名乗っていたと。


「師匠は分かっていたんですか?」

「ええ、まあ。リベアは気付けませんでしたか?」


「はい。私は師匠の事しか目に入っていませんでしたので」


「……それはそれで問題ですね」


「はい!」


 そう元気に返事をすると、弟子は自分の頭を撫でやすい位置に移動してきました。


 あらあら。


 軽く頭を撫でてあげると、嬉しそうに目を細めます。弟子が可愛すぎるの困りものですね。


◇◇◇


 ユリア様を客間に通し、リベアクッキーが常備されているお茶請けと紅茶を出します。


 庶民の食べ物が王族のお口に合うかどうかは分かりませんでしたが、そこは王族。笑顔でとても美味しいわと仰って下さいました。


「おかわり頂ける?」


「は、はい。すぐに!」


 王女様から好評価を貰い、嬉しそうに頬を緩めたリベアが台所に作り置きを取りに行きます。


 うん、美味しいよね。リベアが焼いてくれたクッキー。すごい分かるよ。


 私は頃合いを見計らって、対面に座ったユリア様に代表して声を掛けました。


「えっと、それでユリア様がここに来た目的というのは……」


 隣ではソフィーが小さく震えており、机の下で私の手をぎゅっと掴んでいました。


 柔らかい……リベアの時も思いましたが、この感触が本当の女の子の手なんですね。師匠のちょっとガサガサ、傷だらけだった手とは訳が違います。


 あと三人掛けの席なのに、何故か私の膝の上にリベアが座っています。どうしてだ!


 フィアは相変わらず、使用人としての立場を優先し、一人だけ私たちの後ろで立っておりました。


「前々から、あの大賢者シャルティア・イスティル様が取った生涯ただ一人の弟子である貴方の事が気になっていたの。だから今回、明後日から始まるパーティーがつまんなそうだったから抜け出……ごほん、退室してここに来たの。でもここに来て正解ね。だって私の予想通り王宮では見られない面白い人達がいっぱいいたんだから」


 それは褒められているのか、貶されているのか分からない発言ですね。


「こうして直接会って話すのは初めてねティルラ・イスティル。あなたの事は魔法統率協会のオルドスからは色々聞いてる。その大半が愚痴と怨嗟の篭った賞賛だけどね」


 ユリア様によるとオルドスさんは現在、王族主催の式典の出席や挨拶回り、師匠の遺した遺物の整理で忙しいようで、私が勝手に師匠の研究を使って魔道具を作っていても文句を言いに来れない状況下に置かれているようです。


 新作魔道具を発表するのは今がチャンスでは?


「まあ勝手に王宮を抜け出して来たわけだし、こんな田舎にまで噂が流れてきているようだから、迎えが来るのも時間の問題ね――だからそれまでよろしく、新任の大賢者様!!」


「は、はぁ。こちらこそよろしくお願いしますフィルレスム第二王女」


 そうして私は彼女の手を取り、ここにきた経緯を詳しく知ることになるのでした。

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