第38話 弟子の扱い方

「ソフィーさんや他の人達は私が守ります! なので師匠は安心して戦って下さい!!」


 えっへんと胸を反らせ、腰に手をあてる弟子に、思わず笑いが込み上げます。


「ん? なんですか、師匠?」


 彼女は私が笑った事にむっとしたらしく、口を尖らせて不満を言います。


「いえいえなんでもありません。気にしないでください。ふふっ」


 リベアの身長は、彼女と同じ歳の子と比べると少し背が低いです。


 私やソフィーは平均的ですが、フィアさんは中々の高身長で、トミーさんは男性なのもあり私たちよりも背が高い。


 そんな人達に囲まれた一番年下のリベアは、その身長のせいもあり、どう見ても頑張る子供にしか見えませんでした。


「ししょう〜?」


 声に出して笑った事に、むむむっとリベアが私を睨みます。


 実際、まだ15歳ではないので法的には子供に分類されるのですが、こんな状況だと笑っちゃいますね。だって、大の大人が彼女の電撃を浴びて痺れているんですもの。


「だからなんでもありませんって、ふふっ!」


「師匠、私の事を絶対子供みたいって思ってますよね!?」


 そんな事ありませんって。


「――だって、賊を倒してドヤ顔するリベアが……その後も私に褒めて、褒めてって顔してましたし」


「師匠!?」


「あ、すみません。口に出てしまいました」


 うっかり本音と建前が逆になってしまいました。てへっ。


「もう師匠なんて知りません!」


 子供扱いされて機嫌を損ねた弟子が、プイッとそっぽを向いてしまいます。


 あらあら、また弟子を怒らせてしまいました。


「リベア。早く終わらせて、いっぱい褒めてあげるから少し待っててね」


「――っ!? ししょう、その言葉遣い……」


「ん? なに? リベアはこっちの方が好きなんでしょ?」


「…………今日はその言葉遣いでいっぱい褒めて下さい。そしたら……許します」


「うん、分かった。大人しくいい子にして待っててね」


 赤面したリベアが、こくんと背中越しに頷くのが見えます。


 師匠はやっぱりずるいです、って言う声も聞こえてきました。はて、一体なんのことやら。


(それにしても師匠に連れられて、孤児院に行った時の経験がここで活きるとは思いませんでした。子供達には堅苦しい言い回しより、こっちの方が好感を持たれましたからね)


 やっぱりリベアを子供扱いしている師匠わたしでした。


(じっとしていて欲しいっていうのは、本音なんですけどね……)

 

 確かにリベアは童顔で、背もあまり高くありませんけど、女としての重要な部分の一つ、胸はとても大人なのです。


 そして彼女には魔法を行使する際、杖を大袈裟に振りかぶろうとする悪い癖があります。


 派手に身体を動かす為、その度に体と一緒に胸も揺れるのです。


 自宅の庭で魔法の練習をしていると、よく近所のガキ共が塀をよじ登って見にきやがります。


 途中から魔法で見えなくしてやりましたが、人に見られても全く動じないリベアに、同じ女性として少し危機感を抱きました。


「リベア。あの……」


 その事を彼女に一度聞いた事があります。


 その時は「師匠以外の人に見られても、どうも思いません。師匠以外の人なんてどうでもいいです。師匠は私が他の人に見られるのは嫌ですか? それなら私も努力しますが……それなら師匠だってもっと…………」というばりくそ重い愛が返ってきました。


 私自身もリベアの可愛い所を他の人には見られたくないという想いがないわけではないのですけれど、改めて問われると私もめちゃめちゃ重い奴だと気付きました。


 つまりお互い様と言うわけで、互いのプライベートに関する過度な干渉はやめる事にしました。


 そうです。私とリベアの関係は、師匠と弟子といういたって健全なものですので。


「おや、もうあと数人ですか……」


 回想を終えて、思考を現実に戻しますと、大方の賊は地面に倒れ伏していました。


 殆ど無意識でぶっ倒していたようです。流石は私。優秀ですね。


「く、くそぅ。おい魔法使い! 何をしてる! さっさと出てきてこいつを倒せ!! お前をいくらで雇ってると思ってるんだ!!」


「ようやくですか」


 男の呼びかけに、気の弱そうな薄緑色の髪の毛をした女の子が近くの木陰からぴょこっと顔を出しました。


 歳はリベアと同じくらいでしょう。


 頭には葉っぱを乗せています。


「…………」


 スラム街でよく見かけるボロ布の上に、少し高そうな濃緑色のフード付きローブを羽織っていました。


 片目が前髪で隠れており、少し濁った琥珀色の瞳が特徴的でした。こちらを本当に捉えているのか、捉えていないのか分からない、そんな風な印象を受けました。


「貴方がこの賊に雇われた魔法使いですか?」


 彼女の魔法に警戒しつつ、一定の距離を保った場所で質問を投げ掛けます。


「…………」


 肯定も否定もなくただ黙っておりましたが、暫くして、


「ごめんなさい……ゆるしてください」


 と土下座をして謝り始めました。


「はい?」


 これには私も仰天でした。仲間の賊も驚きを隠せていません。


 自分たちの秘密兵器が、いきなり降伏を宣言したのですから当たり前ですよね。


「お、おい、何を言っている。さっさと戦え!!」


「無理、かてない……です。この人、強い、です……もん」


 そうして少女は、めそめそと泣き出してしまいました。


「ええっ……」


 この反応には、さしもの私も困惑せざるを得ませんでした。

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