第39話 ご褒美は宿に着くまでお預けです

「ええっと、諦めて投降するという事でいいですか?」


「はい……私を捕まえて下さい……逃げません……です」


 目尻に涙を浮かべた少女が、こちらにとてとてとやってくると両手首を差し出します。


「あ、はい。潔いですね」


「絶対に……勝てない……ですから……」


 私は戸惑いながらも、女の子の手首を魔法でしっかり拘束します。


(……自傷したと思われる痕がありますね)


 彼女の手首には、同じ箇所に切り傷の痕がたくさんありました。


 それだけで彼女が今までどれほど辛い人生を送ってきたのかが、手に取るように分かってしまいます。


 私はそっと、その傷痕に優しく触れました。


「――っ!?」


 彼女の身体がビクッと反応します。咄嗟に頭を押さえようとしました。叩かれると思ったのでしょうか。


 その反応で、私の予想が大体あっている事が証明されました。


 もちろん彼女を叩く事はせず、優しく頭を撫でてやります。


「ふぇっ?」


「もう大丈夫ですよ」


 少女は気の抜けたような声で、目を丸くしていました。


(やはり師匠が言っていたように、この世界は腐ってますね。リベアと同じような年頃の子がこんな風に……リベアも私と出会わなかったらこの子と同じ結末を辿っていたのでしょうか……)


 そう考えると恐ろしいです。


 魔法を使えるのにも関わらず、賊に身を落としているという事はそういう事なのでしょうから。


 ついで、ぽけっとした表情を浮かべている野盗団の面々に、私はにっこりと笑顔を向けます。


「魔法使いさんは降参しました。貴方達にもう勝ち目はありません。大人しく降参して下さい」


 断ったら……と杖を振って、近くの木を魔法で薙ぎ倒します。


「分かりますよね?」


 これで十中八九諦めてくれる……と誰もが思いますが、そうならない諦めの悪さが彼らの唯一の取り柄というべきでしょう。


「降参なんかするかッ! くそ魔法使いめ、金をやればなんでもするんじゃなかったのかよ!!」


 彼の怒りの矛先は、私と戦わずして降参した少女へと向けられました。


「この裏切りものめッ!」


 残っていた数人の賊が、一斉に少女に目掛けて走り出し刃を向けます。


 最後の抵抗と言っていいでしょう。


「ひゃっ、助けて!」


 今の彼女は私に拘束されている為、魔法が使えません。

 ここは私がこの子を守ってあげなくては。


「あなたは後ろに隠れてて下さい」


「は、はいぃー!」


 両手首を拘束され、薄緑色の少女は走りにくそうにしながら木陰まで駆けていきます。


 少女が木陰に身を潜めたのを見計らって、私は残りの賊を一掃する事にします。こいつらは魔法統率協会の連中より非道な人種です。


 魔法統率協会の連中は人を人と思っていませんが、無関係な人、何も罪を犯していない一般人を巻き込んで人体実験などという古びた考えに基づく行為は絶対にしません。


 それどころか、緊急時には自分達が率先して市民達の盾になって戦ってくれます。


 彼らの言い分は、市民一人一人は政治を動かす大事な駒。だから死なせない。そういう捻くれた考え方をしているのが魔法統率協会の者たちなのです。


 だから魔法統率協会の人間は世間の人々に疎まれてはいますが、一定の信頼はある為、組織としてやっていけてるのです。


 そうでなければただの偏屈集団で、この国の王がそれを許すとは思いませんから。


 実際、国から援助金が出ているという話もあるみたいですし……国の上層部も表向きには認めているのでしょう。


 同じ魔法使いの私からすると、要は組織の存在を認めて援助金も出してやるから、国が危機に陥ったら時には助けてくれよと言っているのです。


 魔法使いには変わり者が多いですが、貴重な戦力だという事には変わりません。だから国は徹底して魔法を使える者を首都に集め、将来、国に尽くすように洗脳……言い方が悪かったですね、教育しているのでしょう。


 多くの魔法使いは、二つの組織に所属しています。一つ目は魔法統率協会で、もう一つは国に直接仕える魔法使い達です。


 私はそのどちらにも属さず、個人で行動しているその他の魔法使いに分類されます。


 あの女の子も、私と同じ無所属の魔法使い……もしかしたら国の教育に関連する被害者なのかもしれません。


 ……いいえ、私自身がそうであって欲しいと願っているのでしょう。


「――さて、私を含めて女の子に刃を向けるとは許せませんね。やはり貴方達は外道です」


 雄叫びだか、奇声だかを上げて走ってくる賊共に愛用の杖を向けます。今度気が向いたら名前でも付けてあげましょう。


「全員、ぶっ飛んで下さい!!」


 残りの賊共に向けて、私はちょっと強めの魔力の塊を放ちました。


◇◆◇◆◇


 先程から弟子が、キラキラした目でこちらを見てきます。


「なんでしょうか?」


「師匠かっこよかったです!!」


「その台詞は3回目ですね」


「師匠素敵ですっ!」


「その台詞は4回目です。リベア、口より手を動かして下さい」


 杖で、ほらあっちいったと追い払ってやると、リベアが頬を赤らめ、もじもじし始めました。


「師匠ったら、口より手でする方がお好きなんですね。分かりました!」


「……分からないで下さい。それから思春期という事である程度は勘弁してやりますが、次変なこと言ったら本気で怒りますよ」


「むぅ、だったら師匠も約束通り敬語で喋るのはやめて下さい」


「あ……」


 思いがけず反論を受け、私は押し黙ります。


「ししょうー? 忘れてないですよね?」


 目を細め、こちらに疑惑の目を向ける弟子。まずい。


「そ、そういえばそうでしたね――じゃあ宿で二人っきりの時にね。それまで頑張って」


 リベアの耳元で囁くように声を潜めます。ウィスパーボイスというやつです。


「ひゃぁ!? は、はい。分かりました。がんばります!!」


 ゾゾゾっときたのか、リベアは急に姿勢を改めて了承してくれます。お顔が真っ赤っかでした。


 それから私たちは黙々と作業を続け、賊共を完封します。


「縛り上げ終わりです」


「師匠こっちも終わりました!」


「ありがとうございます」


 二人で手分けして、30人ほどいた野盗団を魔法の縄で縛り上げました。


「…………」


 何故かリベアの縄は、賊を亀甲縛りにしていたのですけれど、細かい事は気にしない事にしました。


「この人達のお陰でいっぱい練習出来ました。これで本番もバッチリです」


 賊を亀甲縛りにして、そんな清々しい笑みを浮かべないで欲しいです。


 ですが私は、結局怖いものみたさに聞いてしまいました。


「……本番とは?」


「それはもちろん、師匠にお願いされたときですよ! あ、逆でも勿論大丈夫です!!」


 弟子が笑顔で言い放ちます。


 この子……怖い。


 いつからこの子は、こんな風に育ってしまったのでしょうか? 


 間違いなく私は教育に失敗しました。親御さんに合わせる顔がありません。


「本番なんて来ないから大丈夫ですよ」


「そうですか……それは残念です」


「リベア。本当に残念そうな顔をしないでください……」


「ティルラー。リベアちゃん〜」


 そのタイミングで、ソフィーとトミーさんが協会の職員を連れて帰ってきました。


「ソフィー。おかえりなさい」


「少し遅くなったわ」


「いえ、こちらも丁度終わった所です」


 二人には、近くを巡回していた魔法統率協会の職員を呼びに行ってもらっていたのです。


 これで後の事は彼らがやってくれるでしょう。賊共は然るべき場所に送られてさよならです。


 ソフィーに縛り上げられた賊を見せます。微妙な顔をされました。


「……なんで亀甲縛り」


 当然の反応でした。


「師匠のためです!」


 弟子が屈託のない笑顔で答えます。


「あなたねぇ……リベア、ティルラとは少し距離をとった方がいいわよ」


 勘違いされました。しかしソフィーの意見には私も賛成です。


「そうですね。私も少し弟子と距離を……って抱きつかないで下さい」


「嫌です! わたし、師匠から絶対離れません!!」


「…………」


「ソフィー。そんな目で私を見ないで下さい」


 すごく軽蔑されました。


「……大変ね。その子、相当貴方に対しての愛が重いわよ」


「あ、ソフィーが理解してくれていたようで安心しました。助けて」


「頑張りなさい。私はあの子の所へ行くわ。少し気になるから」


 あの子というのは、薄緑色の髪をした女の子の事でした。現在、彼女には馬車の中で休んでもらっており、側にはフィアさんがついています。安心です。


――今回の騒動。あんたの事を目の敵にしているオルドスが絡んでるんじゃないの?


 去り際にソフィーが小声で耳打ちしてきます。


――あの人はそんな卑怯な手は使いません。大事な事は、自分の手で済ませなければ気に食わない人ですから。


 私も職員さんに聞こえないよう、小声で自分の考えを述べます。


 私の知っている限りでは、オルドスという男はこんなつまらない事はしません。一度争った私だからこそ言える事です。


「そう、ならいいわ」


 疑問は解消されたとばかりに、ソフィーは馬車の方に向かって歩いて行きます。彼女の関心はすでにこの事件の黒幕から女の子に移ったのでしょう。


(一体誰が……)


 そう、この事件には私達の馬車を賊に襲わせた黒幕がいる筈なのです。


 職員を呼びに行く前に、賊共を一通り尋問すると彼ら全員が雁首揃えて言ったのですから。


――


 まあなんとかなるでしょうが、今日の夕飯が遅くなる事は間違いなしでした。

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