第37話 警戒するのは一人だけです

「やーー」


 一度ひとたび杖を振るうと、四、五人の賊が吹っ飛んでいきます。爽快でした。


「おりゃー」


 やる気のない掛け声で放たれる魔力の塊は、その見た目とは裏腹に、馬鹿みたいに突っ込んでくる賊を跳ね返していきます。


「とうー」


 魔法統率協会の職員と話して溜まった鬱憤をこれでもかとばかりに賊共にぶつけます。


 軽快に賊を散らしながら、周囲に探知魔法をかけ、怪しい行動を取ろうとする奴がいないか目を光らせる。


(野盗だけなら別に馬を止める必要はありませんでした。私の魔法で牽制すればどうとでもなりますから。でもあの時、一瞬だけ私とリベア以外の魔力の気配を感じました。そしてその魔力の持ち主は、馬車に向けて高位の攻撃魔法を展開していた。私が馬車を止めたからやめたみたいだけど……連中に味方しているそこそこの魔法使いがいるのは確実)


 感じた魔力量からして負ける事はないが、不意を突かれればその限りでは無い。


 自然と杖を握る手に力が篭る。


(ふぅ……落ち着け、私。久しぶりの実戦と思えばいい)


 基本的に魔法使いは、一人一本自分の杖を持っています。


 私もそうですが、別に魔法使いは杖がないと魔法が使えないわけではありません。


 私や師匠のように魔力量が多いタイプは、杖を使うよりも、むしろ使わない方が魔法の威力は高くなります。


 だから師匠は精密な作業が必要となる研究の時以外、めったに杖を使っていませんでした。まあ、その辺は師匠の乱雑な性格ゆえもあるのでしょう。


 反対に私は人前では、基本的に杖なしで魔法を行使する事はありません。


 その理由を正直に話しますと、私は自分の魔力を完全にはコントロール出来ません。それは持って生まれた魔力量が膨大過ぎるため、自分の力だけでは御しきれないのです。


 魔力は特に感情と強く結びついていると言われています。怒りや興奮で暴走し、暴発する事もあるくらいです。


 杖を使う最大の理由は、自分の中の魔力を完全に押さえつけるためです。


 私の魔力量は大賢者と呼ばれた師匠をも軽く越します。一度師匠と共同で魔力をコントロールしようとしましたが、失敗し、自分の魔力を暴走させる事になりました。


 その時、師匠に怪我をさせてしまった負い目と大事な人を傷つけてしまうかもしれないという恐怖から、人前では杖なしで魔法を使う事が出来なくなってしまったのです。


 師匠は「気にしないで、お前の好きなようにやってくれ」と言ってくれましたが、結局、師匠が死ぬまで、杖なしで魔法を行使する事は一度もありませんでした。


 それに一般に流通されている杖では、私の魔力に耐えきれず、数十回使うだけで壊れてしまうのです。


 これには私も師匠も困りました。


 こうポキポキ折っていては、お金がいくらあっても足りません。杖だってただでは無いのです。


 杖一本で、庶民の給料2年分になりますから。


 そんな可哀想な弟子の為に、師匠は丈夫な杖の素材を取りに行ったり、色んな方面の人から素材を貰ったりして、世界でただ一本のティルラ・イスティル専用の杖を作ってくれました。


 そしてそれは、師匠からの最後の贈り物になりました。


 13歳の誕生日の日に、師匠から「サプライズー!」と言って渡された、そのかけがえのない杖は、今でも折れる事なく愛用し続けています。


 この杖には師匠の気持ちが込められている……そんな気がするのです。


 だから私が杖を使わないで魔法を行使する時は、余程追い詰められている時か、杖を使ってはいけない状況以外あり得ないのです。


「よっと」


 後ろに迫って来ていた男二人に向けて、ひゅんと杖を振ります。


「ぐあー!」


「ぎゃあーー!」


 低位の風魔法をぶつけると、彼らは軽く飛んでいきました。


 杖なしで魔法を使えたらそれは楽なのですが、力のコントロールが上手く出来ない私では、魔法に耐性の無い彼等を殺してしまいかねないのです。


 杖は魔法使いにとって、汎用性の高い武器であり、道具です。


 自分自身といっても差し支えありません。


 こういう対人戦に用いる以外にも、実験などでより緻密な魔力制御が必要な場合には杖は必需品ですし、自分の力だけでは難しい作業も杖が有れば大抵はなんとかなるものです。


 これはどこかで言ったかもしれませんが、杖は魔力の無駄な消費も抑えてくれます。


 通常、杖なしで魔法を放つ場合は、余分な魔力も一緒に放出してしまうのですが、杖を使った場合、必要な分の魔力だけが杖を通され放出されていくのです。


 つまりバンバン魔法を撃っても、杖を使っていると魔力欠乏症になりにくいという利点があるのです。



「くそ。たかが魔法使い一人に俺たちが……」



 魔力の塊に押し潰された男性が、苦しげに私を睨みつけます。


「あと半分ですか」


 賊も残り半分というところです。ここまで相手方の魔法使いがお見えになる様子はありませんでした。


「絶対的な差……ですね」


 魔法統率協会の人間が他者を見下す気持ちも分からなくはなりません。魔法を使える、使えないとではこれほどまでの差が開いてしまうのですから。


 多少の数の利も、魔法が使えればどうとでも覆ってしまいます。


 私は隠れている魔法使いに聞こえるように、出来るだけ大きな声を出しました。


「貴方達の中に魔法使いがいますよねー? 私が警戒しているのはその方だけです。ほら早く出てきて下さーい!」


 呼びかけても応答はもちろんありません。ですが魔力の塊に潰れかけていた男性が真っ先に反応してくれました。


「――っ!」


 彼らは私の発言を聞いて、驚愕の表情を浮かべています。


 この人達は私が魔法使いの存在に気付いていないとでも思っていたのでしょうか? だったらとんだ見当違いです。


 こんなにも手加減してゆっくり数を減らしていたのは、隠れている敵方の魔法使いをあぶり出している為でもありますのに。


 ですが相手は、数だけは私の上をいきます。


「そこを動くんじゃねぇー! これ以上仲間に手を出したら、馬車に火をつけるぞ」


 撃ち漏らした、又はダメージから立ち上がった数人の賊が松明を持って、馬車の前に立っていました。


 私が抵抗すれば今にも火をつけて、中にいるリベア達を火の手が襲うでしょう


 たとえ馬車を脱出したとしても、煙に巻かれて出てきた所を捕まえられて人質にされてしまうのがオチです。


「ふむ。確かにこれはピンチですね」


「分かったら大人しく武器を下ろせ」


 杖をだらんと下げた私に、賊がゆっくり、ゆっくりと警戒しながら近寄ってきます。


 戦えるのが私一人であったら、詰みだったかもしれません。


 しかし私は一人ではありません。


 馬車の中から、杖を持った手がぬっと伸びてきました。


 ふふ、流石は我が弟子です。


「あ?」


 魔法使いは私一人だと思っていたのでしょう。思いがけない所から杖が出てきて、賊は間の抜けた声を出します。


「えいっ!」 


 可愛いらしい掛け声と共に、杖から軽度の電撃が放たれます。



「「ぎゃあああああー!」」



「ししょう!」



 馬車の中からにゅっと顔を出したのは、風に揺られて靡くアッシュブラウンの髪に、キラキラと輝く黄金色の瞳をしている10代前半の可愛らしい女の子でした。


「よくやりました。リベア」


 そうです。馬車の中には、私が手塩にかけて育てた愛弟子リベアがいるのです。

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