第36話 和解? いいえこの世は腐るほどの下衆まみれですっ! (引きこもり視点)

「ふん。また貴様と顔を合わせる事になるとは思っていなかったぞ。ここにはなんの用で来た? 忘れ物かそれとも――」


「冷やかしですよ。どうせ師匠が残した暗号を解読出来ていないんでしょう?」


「…………」


 無言は肯定と同じです。


 彼の眉がピクリと上がり、拳をぎゅっと握る音が聞こえます。

 

 どうやら図星のようです。私の予想通り、彼は師匠の暗号を解読出来ていません。


「ん? どうしたんですか? ほら、いつもみたいに小煩く何か言って下さいよ」


「……何年かかったとしても私の手で解読してみせる。貴様の手など借りん」


 ようやく出た言葉はそれでした。思わず鼻で笑ってしまいます。


 この人は昔からそうです。どんな問題も自分だけで抱え込み、人に頼ろうと決してしません。


 それでも問題を自力で解決出来てしまうのは、彼には紛れもない才能があるからです。


 彼は決して凡庸ではありません。頭はいいですし、私や師匠には劣りますが、魔法の扱いにも長けています。


 しかし師匠も言っていましたが、彼は絶望的に倫理観というものに欠けているのです。


(彼は基本的に王族を除いた一般人を人と思っていません。全て自分の駒だと認識しています。特に魔法を扱えない者に対する扱いは最悪です)


 そんな彼に集められて出来た組織が、魔法統率協会なるものなんですから。最悪ここに極まれりです。


 彼は創設者の一人ではありますが、いち職員として働いています。残りの序列1位と2位とは会ったことありません。


 ですが魔法使い至上主義、優生思想を唱える連中の親玉ですから、どうせろくでもない人でしょうね。


――こんないかにも平民出のみすぼらしいガキが貴方様の後継者ですか。


 彼と初めて出会った時に言われた言葉は今でもよく覚えています。


 そしてその時覚えた印象と、今の彼の印象は全く変わっていません。あの頃のままです。


 自分の理想ばかり追い求める夢想家。


 きっとこれからも変わらない事でしょう。


「そうですか、では頑張って下さい。あと、元から手伝う気はありませんでしたし、頼み込まれても絶対に暗号の解読には協力しませんから」


 彼には心底呆れました。


 それだけ伝え、踵を返して帰ろうとすると私の行く手を阻むものが現れました。


「……そこ、どいてくれませんか?」


 トミーさんを放り投げた職員です。彼に追従する様に何人かの職員が私を取り囲みます。


 先程オルドスさんが、やめろと申したのをもうお忘れなのでしょうか? だとしたら可哀想な頭ですね。


「お前は我々の掲げる理想を侮辱した。このまま帰すわけにはいかない」


「ほう。では私と事を構えるという事で?」


「ああ」


 舐められた者です。私もオルドスさんも。


「やめろ馬鹿者共!!」


 咄嗟にオルドスさん――いえ、オルドスが私を庇うように前に出てきます。


「何故止めるのですかオルドス様! 多少魔力量が多いだけの小娘に、我々の理想を――」


「私が先程、この娘をなんと呼んだのか聞いていたか? この私に忌々しいその名を呼ばせたのだぞ。その意味くらい気付け、この無能共がッ!」


「名前? たしかティルラ・イスティルと……!?」


 ようやく気付いたのかと、オルドスは眉間を揉みます。


「そうだ。こいつは曲がりなりにもシャルティア様が選んだ後継者だ。そして、それに見合う力も持っている。お前ら程度では返り討ちもいい所だ」


 オルドスに諭された職員達が私の事を見つめてきます。恥ずかしかったので、ニコッと微笑んでおきました。


 そしたらみなさん一斉に顔を顰めてしまいます。あららー?


「殺気がだだ漏れだ。わざとか? まあいい、止めないから早くこの領地から出て行け。もう貴様には関係のない、縁のない場所だ」


「言われなくても出て行きますよ。貴方と会うという当初の目的は達成された事ですし」


 歩みを進めると、前方を塞いでいた職員達がザッと左右に避けます。


 孤児院の時に見たガキ大将の気分を今味わっています。


 成る程、こんな気分でしたか。確かに悪くない。


 馬車の引き戸部分に手を掛けながら、私は一度振り返ります。

 

「オルドスさん。賢明な判断でしたね」


「……貴様の強さというのは、一度この身で味わっている。あんな思いをするのは二度とごめんだ」


 彼とは一度大きな喧嘩をしました。そして私が勝ちました。


 審判は師匠です。


 喧嘩の事を話した時はめんどくさそうしていましたが、しっかり審判をしてくれました。


 師匠はストッパーでした。どちらかが生命の危機に瀕した時、絶対的な力を持つ人が止めてくれないと困りますから。


「ふふっ、あの時の土下座。映像に残しておけば良かったですね」


「……忘れろ。それとこれは私からの忠告だ。野盗には気をつけろ。お前以外にも人はいる事だしな」


 彼は馬車の中にいる人達の事を指します。


「野盗ですか……それまたどうして?」


「最近シャルティア様の屋敷に侵入しようとする不届き者が多くてな。まあ大賢者の屋敷ともなれば、金銀財宝が隠されていると思っているのだろうな」


「道理で他の職員達の気が立っているわけです。にしても見当違いもいい所ですね。師匠がそんな物に興味を持っていたと本気で思っているのでしょうか」


「実情は研究類が散乱しているだけで、そのような金品はまったくと言っていいほど無いのだがな」


「たとえそれを公表しても、そういう輩は絶対に信じないでしょうね」


「同感だな」


「おや、貴方と初めて気が合いましたね。あなたの事は大嫌いですけど」


「私も同じだ、ティルラ・イスティル」


 またフルネーム呼び……むかつきます。


「それではオルドスさん。さ、よ、う、な、ら!!」


 ばいばーいと笑みを浮かべて、短く手を振ってやります。


 すると彼はフッと笑いました。


「ああ、ようやく昔のような活き活きとした目のお前に戻ってきたな」


「……なんの事でしょう? トミーさん出発して下さい」


 トミーさんと入れ替わるようにして交代し、彼に馬車を走らせてもらいます。


 さらばですクソども。


 私が席について一息つくと、可愛い弟子が抱きついてきました。そういえば弟子リベアの紹介を忘れてましたね。


 まあ、めんどくさいからまた今度にすればいっか。


「すみません。長く話しすぎました」


 馬車の中で大人しく待っていてくれた三人に謝ります。


「まったく肝が冷えたわよ。貴方と話していた人物、統率協会の序列三位の人物よね?」


「ええ、そうですね。ソフィーが彼と会うのは初めてでしたね」


「もう二度と会いたくないわ」


 彼女も私と同じくオルドスに何か感じたものがあるのでしょう。彼女もまた“才”に恵まれた少女ですから。


「フィアも緊張しましたー。商談で会う人とは違う、独特の雰囲気を醸し出している方でしたから」


 ほっと胸を撫で下ろします。彼女もリベアと同じで怖かったのでしょう。未だ私に抱きつくリベアの肩は震えていました。


 あとは今日泊まる宿に向かうだけです。遠回りになりましたが、ここからなら1時間もかかりません。そこでゆっくり労ってやりましょう。


 その時、私の知覚範囲に微細な魔力を感知しました。


「今すぐ馬車を止めて下さい!!」


 切迫した私の呼びかけに、トミーさんは即座に反応し馬車を止めます。


 そして止まった馬車に、ぞろぞろと賊が集まってきました。話に聞く野盗のようです。馬車が貴族仕様なので狙われたと考えるべきでしょう。


 先頭に立つ顎髭の男が、どでかい声で警告してきます。


「今すぐ持ってるもん全部おいてけ! 身につけている物も全てだ!! そしたら命は取らねーでやる!」


 魔法で彼の心を覗きます。嘘まみれでした。ただで帰すつもりは元よりありません。男は殺して、その他は売り物、慰めものにしようと考えているようです。


 下衆ですね。魔法統率協会の人間以下です。

 

「ししょ――」


「リベア。そのまま大人しく馬車の中にいて下さい。このアホどもは私が片付けますから」


 私に続いて馬車から降りようとした弟子を止め、私は馬車を降ります。


「あーん? 魔法使いー? 貴族の娘じゃねぇーのか?」


 目当ての貴族令嬢ではなかった事に落胆する様子。私は可愛くないって? へえ、ぶっ殺しますよクソ髭!


「まあ胸は小さいが、顔はいい。売りもんにはなりそうだからいいか。誰か欲しいやつはいるか?」


 は? こいつ今なんて言った? 胸が小さい? は?


「いらねーよ、そんな奴。それよりさっきちらっと見えたアッシュブラウンのガキの方が良いな。胸がデカくて」


 一人が言葉を返し、残りがぎゃっはははははっと汚い笑い声を上げます。


「クソ髭さん。私は貴族令嬢様の護衛です。弟子も見ている事ですし、さっさと終わらせますねっ!!」


 魔法統率協会との憂さ晴らしを込めて、私は全力でクソ髭に向かって攻撃魔法を放ちました。とは言ってもこんな奴ら相手に普通の魔法を使う必要はありません。


 ただの魔力の塊です。ですが一般人では到底抗えないパワーを持っています。


 魔力の塊に当たったクソ髭は弾き飛ばされ、後ろにあった木に激突し、後頭部を強く打って気絶しました。


 それを見届けたあと、静まり返った場に私の声がよく響きます。


「さっき笑った人達。覚悟して下さいね?」


 そして私はぎゃあぎゃあと喚く賊達に向けて、適当に魔力の塊をぶつけていくのでした。

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