第19話 部屋割り

「部屋割りどうするー? あ、この部屋きれいー。リベアちゃんが掃除したの?」


「はい。師匠は滅多な事じゃ、掃除なんてしませんから」


「苦労かけるわね〜」

「いえいえ」


 そんなやりとりを眺めつつ、私はジト目でソフィーを睨みつけます。


「……ソフィーは、私の母親になった気にでもなってるんですか? あと、荷物くらい自分で持ちやがれです」


 家主である私に荷物を押しつけて、旅行気分で適当に部屋を見て回るソフィーに、私は少々腹が立っていました。


 宿泊費を取るつもりはありませんでしたが、ソフィーの分だけ取っておいた方が、いい気がしてきました。


「んーもうちょっと持ってて。あと私、リベアの隣だったらどこでもいいわよ」


 は? と思わず声が出そうになりました。この野郎ふざけてやがります。


 私が重い荷物を背負って、部屋を回るソフィーの後をついてきた分の労力を返して欲しいです。


「なんて横暴な……リベアの部屋は、私の部屋の隣なんですから絶対譲りませんよ」


 私は荷物を床に置き、リベアを抱き寄せて、シャーと猫のように睨みつけます。


「……ししょう」


 私より少し背が低い弟子が、上目遣いでこちらを見てきます。猫より可愛いです。


「安心して下さい。リベアは私が守ります」


 だってリベアに起こしてもらわないと、わたし、昼過ぎまで寝てしまいますから。


 それに、雷が鳴っている日も、部屋を出てすぐにお布団に潜り込みに行けなくなってしまいます。


 あ、別に雷が怖いからリベアの布団に行くんじゃないですよ。私じゃなくて、リベアが心配だから一緒に寝てあげるだけです。


「そんなにムキにならないで、ほんの冗談よ。さっきも言ったけど、師弟の間に割り込むつもりはないから。隙があったら狙うけど」


「は? 今すぐ追い出されたいんですか?」


 今度は、はっきりと声が出てしまいました。


「あら怖い。邪魔者は他の部屋に退散するわ。フィア、来なさい」


「はい、お嬢様」


 ソフィーは我が物顔で、この家で三番目に良い部屋がある方へ向かって行きました。


 適当に見てるようで、しっかりと見ていたようです。


(ちっ、流石に良い目をしてやがります)


 魔法で見え方を妨害していたんですが、彼女の目は誤魔化せなかったようです。ここは素直に誉めておきましょう。


 フィアさんは私が持っている分の荷物を回収し、てくてくと主人の後について行きます。フィアさん案外力持ちなんですね。


「師匠の筋力が無さすぎるだけだと思いますが?」

「……心読みました?」


「簡単な魔法で、師匠の頭の中を覗いてみました。頭の弱い人ほど成功しやすいと本に書かれていましたが、本当だったみたいですね」


 ソフィーさんにも試したんですが、なんか強い力で邪魔されちゃいましたと、無邪気に笑うリベア。つまり私は、ソフィーより馬鹿だと遠回しに言われた気がしました。


 弟子がすごく辛辣です。でも、私にだって言い分はあります。


「リベア、私にだって言い分はあります。師匠と過ごしていた頃は、研究で忙しくて身体なんて鍛える暇なかったんですよ。それに魔法で大抵の事はどうにかできますし、身体だって強化出来ます」


 だから必要ないんです! と胸を張って断言する私。弟子はジト目になっておられました。


「それとこれとは話が別です」


 リベアが失礼しますと言って、私の二の腕をふにふにと触ってきます。


「おおーこれが師匠の二の腕。やっぱり細いですね〜」

「…………」


 ……なんだかいやらしい手つきです。きもち、鼻息も少し荒いような気がします。


「も、もう離して下さい!」


「あ!」


 リベアはすごく悲しそうな顔をしました。


 でも、これ以上触らせてたら、よからぬ事をされそうだったので、間一髪だった気がします。


「リベア。そろそろ夕飯の準備をした方がいいんじゃないですか?」


 私はこの変な雰囲気を誤魔化すように、話を誘導しました。


「……そうですね。お客様もいる事ですし、今日は師匠も夕飯作り手伝って下さい」


「私、料理作れませんけど?」


「そんなの知ってますよ。最後の味付けと配膳をお願いします」


「分かりました……あの、怒ってます?」

「怒ってません」


 どう見ても、ぷりぷりと怒っているようでした。


 原因は明らか。私が腕を振り払った事です。


 ですが、いくら知っている人、ましてや弟子だからと言って、人に身体を触らせるのはあまり好きではありません。なので許して欲しいものです。


(はっ! もしや今、リベアの頭の中を覗くチャンスなのでは!?)


 私はさっき覗かれた仕返しに、覗き返すことにしました。


 気付かれないように小声で魔法を唱え、私はリベアの頭の中を覗きます。どうやら今のリベアは、他の事で頭がいっぱいのようで、簡単に覗けました。


『師匠の二の腕、ぷにぷにで柔らかかったぁ〜。また触りたいなー』


 急に弟子が怖くなりました。覗かなければよかったです。

 

 それと、どうやら怒っているのではなく、照れ隠しをしていただけのようです。


「ぎり許容範囲でしょうか……」


「? 師匠、今何かいいました?」


「いえなんでもありませんよ」


「?」


 私は弟子と少し距離を取りつつ、台所に向かいました。


◇◇◇


「リベア。これ美味しいわねー。私の専属料理人にならない?」


「ありがとうございます。でも、その話はお断りさせて頂きますね」


 その日は、久しぶりに賑やかな夕食の時間を過ごしました。


(人が多いのも、案外いいものですね)


 デザートのパンケーキを口に放り込みながら、私はそんな事を考えていました。

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