第18話 家出少女
「えっ!? 師匠は、師匠のお葬式に行かれなかったんですか?」
「師匠、師匠とややこしいですね。私の師匠の事は大賢者と呼称して下さい」
「分かりました師匠!」
「はい。あと退いて下さい……」
私が葬式に行かなかった事を知っているソフィーからは、これといったリアクションはありませんでしたが、リベアはそうもいきません。ぐいぐいと迫り、私の膝の上に乗ってきました。そんなリベアを押し返しつつ、弁明を開始します。
「それでフィアさん。先程の質問の答えですが……」
「はい」
「――師匠に『くるんじゃねぇー』と生前しつこく言われてたので、行かなかっただけです」
「……はい?」
フィアさんはこてんと首を傾げます。まあ当然ですよね。
「ティルラ。私はあの人の人柄をそれなりに知っているから理解できるけど、フィアにはもうちょっと詳しく教えてやりなさい」
「そうですね。フィアさん、私の師匠は――」
師匠の葬儀は、国で最も偉大な魔法使いの死という事で、通常の葬儀とは異なり、何日にも渡って葬儀が行われました。
ですが私は、師匠の遺言通り一度も葬儀に出席しませんでした。
薄情な人と思われるかもしれませんが、それが私という人間ですし、言われたことを忠実に行っただけです。
それにちゃんとその期間は、私も研究をしないで家で黙祷していました。
あの人は晩年、静かに死にたいと言っていました。
だから、あんな賑やかな葬儀は望んでいなかった筈です。いえ、弟子の私が断言します。師匠はあんなお葬式を望んでいませんでした。
こんな事を私が言っても、あのくそったれ変態野郎は、全く聞いちゃくれませんでしたが。
「そんなわけで出席しなかったんですよ」
「そう……だったんですか。すみません、責めるような言い方をしてしまって」
「いえいえ気にしていませんから、大丈夫ですよ。それに行こうと思っても、魔法統率協会がそれを許したとは思えません」
「シャルティア様の正統後継者なのにですか?」
「ええ。彼らは公式では、私を居ない存在として扱っていますから」
「あいつらもほんと大人気ないわよね。自分たちが何度頼んでも断られたのに、急に現れたティルラが、弟子として迎えられた事に嫉妬してるのよ」
「こればっかりは仕方ないですね。師匠がいなければ、なんの後ろ盾もない私なんて、紙くず当然です。そもそも私の存在そのものが、人々に認知されていないんですから」
「そうね。でも、気に入らないという理由だけでティルラを追放したのは失敗だったと思うわ」
「ほうほう。それはどうしてですか?」
「え? そんなの――」
追放するんじゃなくて、上手く利用すれば良かったのよ、などと口走るソフィーに軽く魔法を浴びせてあげました。今度から、取引の値段を少し吊り上げた方がいいかもですね。
「あれ、リベアどうかしました?」
隣に座るリベアが俯いて、何やらぶつぶつと呟いています。
気分でも悪くなったんでしょうか? 彼女が体調を崩せば私の夕飯がなくなってしまいます。
「大丈夫です――」
直後、私は不用意に顔を近づけた事を後悔しました。
「師匠!」
突如顔を上げたリベアの頭頂部が、私の顎にガッとクリーンヒットしました。
「ぐふっ!」
「いたっ!」
顎を押さえる私と、頭を涙目で押さえるリベア。
「リベア、大丈夫!?」
「リベアさん、血は出ていませんか!?」
「ちょ、なんで二人ともリベアの方に行くんですか。一人くらい私の方にも来てくださいよ、私だって痛いんですよ」
「あんたは大人なんだから我慢しなさい」
「そ、そんなぁ〜……」
フィアさんは百歩譲ってまだいいです。しかしソフィーは許せません。
友人兼取引相手の私を差し置いて、愛弟子を介抱するソフィーを見て私は決意しました。
(魔法瓶の値段をいつもの倍で売ってやります)
大人気ない? そんな事はありません。この業界は舐められたら終わりなんですから、少しくらい痛い目見てもらいませんと。
そうこうしている内に、痛みから立ち直ったリベアさんが勢いよく立ち上がり、私のあげた杖を持って出て行こうとします。
「リベア、どこに行くんですか?」
「師匠。私は許せません! 今から魔法統率協会に行って、全部ぶっ壊してきます」
先程から妙に静かだとは思っていましたが、どうやらリベアは、私の話を聞いて魔法統率協会に対して憤慨していたんですね。
それにしても、思考がぶっ飛んでますね。私の事で怒ってくれるのは嬉しいんですが……こうも極端だと困ります。
「リベア。申し出はすごく嬉しいのですが、それは不可能ですよ」
「どうしてですか?」
「そんなの決まってるわ。魔法統率協会に喧嘩を売るって事は、世界中の魔法使いを敵に回すのと同じよ」
「じゃあその全員を――」
「リベア。魔法使いの中には、私と同レベルの者も多くいます。今のリベアが挑んだら、一瞬で負けますよ」
言葉の意味を理解したのか、リベアはしゅんと小さくなります。私はその頭を優しく撫でてあげました。
(思えば、師匠と昔、こういうやりとりした事ありましたね。あの時の私も、今のリベアみたいに、何も考えずにぶっ飛ばそうとしていましたね)
運命とは数奇なものです。今度は自分が諭す番になっているのですから。
「でも、嬉しかったですよリベア。私の為に怒ってくれて」
「ししょう〜」
私の腰にぎゅっとしがみつくリベアは、それはそれは愛らしい小動物のようです。
「うふふ」
愛弟子を愛でていると、ソフィーがフィアさんと一緒に荷解きしていました。
「ソフィー。妙に重いとは思っていましたが、なんでそんな物が出てくるんですか?」
取引とは関係ない物が多く出てきました。特に服や化粧品です。
それを問われると、ソフィーは悪びれる様子もなくこう答えました。
「しばらくここに住むから」
「は?」
「親と喧嘩したの。だからここに逃げてきた」
「まじで言ってます?」
「まじよ」
てへっと可愛らしく舌を出す目の前の少女は、どうやら友人でも取引相手でもなく、親と喧嘩して家を飛び出してきた家出少女のようでした。
「はぁ、面倒事がまた一つ増えましたね……」
そうして私は、今日何度目かの溜息を吐くのでした。
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