第16話 ソフィーの企み

 やってきたのは、私の友人だと名乗る貴族の少女でした。


「……貴方なんて知りません。お引き取り願います」


「ちょっと閉めないでよ、っていったぁああー!!」


 私が閉めようとしたのを見て、慌てた彼女は無理矢理中に入ろうとして、その足を思いっきり扉で挟んでしまいました。


「あ、ごめんソフィー」


「覚えてるじゃないの!!」


「今思い出しました」


 ソフィーは足を押さえながら私を睨みつけます。彼女の事を本当に忘れていたわけではないのですが、旧友には悪戯をしたくなるものです。つい、知らない振りをしてしまいました。


「ぐっ、ふぐぅ……」

「痛そうですね」


「誰のせいよ!」


「私のせいですけど?」


「……あんた、ほんっとに腐ってるわね!」


「ありがとうございます」

「褒めてないわよ!!」


 扉に挟まれた足を「いたたたっ」と言って再び押さえます。騒ぐからですよ、まったく。


 ですが、結構痛そうにしてたので、魔法で癒やしてさしあげました。優しいですね私。


「ああ、痛かった。ティルラ、今度からはもっと早く癒やしなさいよ! レディーの足に傷が残ったらどうするの!」

「文句が多いですね。寿命が縮むからあまり使いたくないんですよ」


「は? 何を言ってるの? 魔法で寿命が縮むだなんて話聞いたことないわよ」


「へ? でも師匠は魔法を使うごとに命を削るって――」

「王宮魔導師の中には、90を超えるおばあちゃんだっているのよ」


「…………」

「ティルラ、あなたはシャルティア様に騙されてたのよ。あなたの師匠が早死にした原因はお酒と煙草でしょ? うちの店にもよく呑みに来てたわよ」


 呑みに来ていた? 私に内緒で? お酒と煙草は辞めたって言ってたのに?

 私の中で、何かがブチ切れました。

 

「――っ、あんのババァ!! 私に黙ってやっぱり呑んでやがったんですか! 匂いがしないから油断してました。魔法で無臭にしてやがったんですね。ああ、もう師匠が死んじゃったせいで、私が路頭に迷う事になっちゃったじゃないですか、せっかく死ぬまで養ってもらおうと思ってたのに」


 あ、と思ったのもつかの間、すでに手遅れでした。



「……あんたクズね」



「だ、誰がクズですかー! 普通ですよ、普通!!」


「あんたが普通だったら、この世界はとっくに終わってるわよ!」


 私とソフィーが戸口でぎゃあぎゃあ騒ぎあっていると、リベアがひょっこりと、私の後ろから顔を覗かせました。


「師匠、お知り合いですか」


「あーまあ、はい。知り合いです」


 ソフィーとリベアの顔を見比べて、仕方なく頷きます。リベアを見て、少し冷静さを取り戻した私でした。


「はじめましてソフィーさん。私はティルラ師匠の弟子のリベアです。どうぞよろしくお願いします」


 育ちのよいリベアが、ソフィーにペコリとお辞儀をします。


 そんなリベアを見て、ソフィーが目をパチクリとさせます。


「え、何この子……すごく可愛いんだけど。本当にあんたの弟子? 居候相手じゃなくて? だってあんたの弟子にしては、礼儀作法がしっかりしすぎてるじゃない」


「……ソフィー。リベアは本当に私の弟子ですよ。お世話をしてもらってる事は認めますが……」


「あんた……最低ね」


 ソフィーが今度こそ蔑んだ目で見てきましたが、しれっと無視しておきました。



「ソフィー様。お荷物はこれで全部ですよねー?」



 遅れてメイドさんがやってきました。そして私はそのメイドさんに見覚えがありました。

 そう、つい先程の回想に出てきた女の子、フィアさんです。


「あ、フィアさんではありませんか。お久しぶりです」


「……?」


 フィアさんは私を見て、きょとんと首を傾げます。え、なんですかこの反応。普通に忘れられちゃってる奴ですか。


「ええっと、あの、私ですよ。ほら、あの大雪の日に私の師匠の屋敷にやって来た時に、一度会ったじゃないですか」


 しどろもどろになりながらも、必死に私は、私の事を説明します。


「――あ! ティルラさん……ですよね? はい、フィアは覚えてましたよ。実は今年から、ソフィー様の家で働く事が決まって、ティルラさんにも一言連絡しておくべきでしたね」


「…………それは良かったですね。ソフィーの所は人使い荒いですけど、給料は高いですし」


 ぜってー忘れてましたね。笑って許されると思ってるんですか? 可愛いから許しますけど。


「師匠」


 ちょんちょんっとリベアが私の振り袖を引っ張って、客間を指差します。


「そうですね。ここではなんですから、どうぞ中に入って下さい」


「そうさせてもらうわ」

「お邪魔します」


 とりあえず二人を中に入れ、お茶を出すことにしました。


「ティルラ。私の荷物を運んでくれる? 少し多いからフィアが疲れちゃって」

「ええ、それくらいなら別にいいですよ」


「師匠、私も手伝います」


 ソフィーが持ってきた荷物とやらは異常に多かったので、私とリベアは魔法でプカプカと浮かせながら家の中に運び込みました。


(フィアさんも大変だったでしょうね)


 ソフィーが持ってきた荷物の中に、彼女の洋服や化粧品が入っていた事に気付くのは、それからずいぶん後の事でした。

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