第15話 オムライス事件と珍客

「……師匠、この子は? あ! とうとう誘拐でもしてきたんですか?」


「あ、ってなんだ! あ、って!! お前は私をどういう風に見てるんだ!」


 私が「うわぁ〜最低だー」という視線を送っていると、師匠にどつかれました。


「いやどうみても誘拐じゃないですか? 大丈夫ですか、この人に変なことされてませんか」


 私はわきわきと指を軽く曲げて、女の子に近付きます。


「いやしてねーから! お前の方が変な手つきしてるじゃねぇーか!!」


「へ? なんのことやら」


「……えっと、お姉さん違うの。フィアが大雪で行き倒れそうになっていたのをこの人に助けてもらったんです」


 私と師匠がそんな冗談を言い合っていると、女の子がオロオロした様子で、そう話しかけてきました。ちょっと冗談が過ぎましたね。


「フィアさん、って言うんですか。大丈夫ですよ、私がこの怖いおばさんから守ってあげますからね」


「誰が怖いおばさんだ! フィアこんな変人に名前なんか教えちゃだめだぞ。何をされるか分からんからな」


「何もしません――って、ぎゃあ!!」


 渾身の拳骨を脳天に喰らい、私はその場で悶えます。


「ったくこのバカ弟子は……で、フィア。何が食べたい? が作れる物ならなんでも作ってあげるよ」


「なにお姉さんを強調してるんですか、フィアさん怖がってますよ」


「ティルラ」

「はい。ごめんなさい」


「フィア、オムライス……食べたいです。よく、母が作ってくれたので」


「オムライスね。いいよ、特別おいしいのを作ってあげよう」

「ありがとうございます」


「フィアさん。あんまり期待しない方がいいですよ」

「えっと……」


 横からこっそりを耳打ちをすると、彼女は困ったように私と師匠を交互に見ました。


「おいそこ何言ってるんだ! 子供を困らせるんじゃない。ごめんね、フィア。うちのアホが。将来、こういうのにはなっちゃだめだからね」


「は、はい」


 師匠がフィアさんの髪を優しく撫でます。これはセクハラですね。しかし、フィアさんが嫌そうじゃないので通報出来ません。


「さ、出来上がるまで向こうに座って待っててね」

「はい。ありがとうございます……」


 それに気持ち悪いほどの猫撫で声。あと、もうお姉さんという歳ではないと思うんですがね。師匠はもうおばあ――。


 スッと、私の頭に本日二度目の拳骨が降りてきました。


「ぎゃあー!!」


 さっきより痛かったです。


◇◇◇


「師匠……私とフィアさんで対応が違いませんか」


「あんたが失礼過ぎるんだよ」


 頭を押さえながら、師匠を睨みつけてみますが、師匠は「はっ、何してるんだ? 痛い痛いか?」などと私をまるで赤ちゃんのように扱ってきやがりました。


 実に悔しいですが、客人の前で喧嘩をおっぱじめるわけにもいかないので、今回は私が折れる事にしました。


「っ、もういいです。それより師匠、フィアさんはどうしてこんな大雪の日に外を……?」

「ああ、それはだな。私もさっき聞いたんだが――」


「ほうほう」


 簡単に師匠の話の内容をまとめると、住んでいた村が深刻な食糧難に陥り、フィアさんは働ける年齢という事で村から追い出されたという事でした。


 ようは口減らしというやつですね。


 それに鈍色の髪は、白系統の髪色ですから、少し同情します。


 おそらく、村から誰を追い出すかという時に、一番白系統の髪色に近かったフィアさんが選ばれたのでしょう。


 そしてフィアさんは働き先を探している途中に、猛吹雪に襲われ、行き倒れかけていた所を師匠が助けたという事でした。


 彼女のメイド服は、村の人がせめてもの思いであげたものだそうです。


(正直、犯罪者からしたら、フィアさんみたいな可愛い子が一人で歩いていたら、格好の獲物に見えていたでしょう。ここまで無事だったのは奇跡ですね)


 フィアさんは、お行儀よく師匠が指定した椅子に座って、オムライスが出来るのを待っておられます。


「師匠、わたし思うんです。いくら食糧難に陥ったからとはいえ、あんな小さな子供を一人で外の世界に放り出すとか、どうかしてると思います」


「ああ、それは私も同感だ。どうにかしてやんなきゃな」


「それも含めて?」


 私は師匠の言葉に変な違和感を覚えました。


「なあティルラ」

「はい」


 エプロン姿の師匠が、オムライスの材料を並べ終え、精悍な顔でこちらを向きます。


「オムライスって、どうやって作るんだ?」

「は?」


 てへっと可愛らしく笑う師匠。


――この人、散々作れるアピールしておいて……。


 凝った料理ばかり作っているせいで、一般的な料理の作り方を忘れてしまったみたいですね。


 師匠は笑顔でお前が作るか、レシピ本を買ってきてと言いやがりました。こんな大雪の日にです。弟子使いが荒いにも程があります。


 思わず私の拳に力が入りました。でも、仕返しが怖くて出来ませんでした。


 結局、オムライス問題は倉庫から古いレシピ本を持ってきて解決しましたが、こんな事はもうこりごりです。


 次の日、吹雪も止んでいたので、フィアさんは師匠と共に、師匠の顔馴染みの貴族の元に行きました。


 その間、私はフィアさんの村に行って関係者をボコボコにし、遅れてやってきた師匠に延々と説教されたのでした。


◇◆◇◆


「フィアさんは今頃どうしているんでしょうかねー。どこか良い働き口が見つかっていたらいいんですけれどねー」


 口ではこう言っていますが、内心、あまり心配はしていませんでした。何故なら、あの師匠が自分の名前を出してフィアさんを紹介すれば、大抵の貴族は彼女を無下に出来なくなるからです。


「もう一度会ってみたいものです」


 私はすっかり冷めきった紅茶のカップを手に取ります。新しい紅茶を淹れてもらうのも悪いので、そのままぐっと飲み干しました。


 紅茶を飲み干し、お菓子に手をかけた所で、リベアが小走りにやってきました。


「ししょうー。お客様様がお見えです」


「あ、はーい。今行きますね」


 今日は本当に訪問者が多い日だと思いました。さて今度は一体誰か来たのでしょう? いつものご近所のおばさんが、新しいハーブでも持ってやってきたのでしょうか。在庫はまだいっぱいあるんですけどねー。


 扉を開けるまではそう思っていました。


「どちら様です……か?」


 しかし私の予想とは反して、そのどちらでもありませんでした。


「久しぶりね、ティルラ。会いに来てやったわよ」


 そこには貴族のお嬢様らしき金髪の女性が、日傘をさして立っておられました。

 

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