第13話 家庭訪問

 村人が余所者を嫌う理由は分かる。


 少し昔の話をしよう。これは私が、夫と結婚する前の話だ。


 ある日、権力争いにでも負けたのか、上質なタオルにくるまれた赤ん坊が村の近くで捨てられていた。


 そしてその泣き声に気付いたある夫婦が、赤ん坊を見つけ拾った。


 赤ん坊は元気な女の子だった。


 この夫婦も子供に恵まれていなかった為、妻は赤ん坊を見てたいそう喜び、夫の反対を押し切って赤ん坊を育てる事にした。


 そして二人で赤ん坊を育てていく内に、夫もその赤ん坊に愛情を持ったのか、妻と一緒に赤ん坊の名前を考え、アリスと名付けた。


 それから約半年後、夫婦がいつものようにアリスの世話をしていると、村に豪奢な馬車に乗った貴族と馬に乗った兵士達がぞろぞろとやって来て、半年前にここに捨てられた筈の赤ん坊を差し出せと言ってきた。

 

 誰かが拾って育てているのが、当たり前だというような兵士の横暴な物言いに、アリスを抱いた夫婦が前に出る。


「この子は私達の子だ。一度捨てた貴方達の子ではない」


 夫はそう言い放ち、妻とアリスを守るように彼等の前に立った。


 まだ小さいアリスには何が起きているのか、まったく分かっていなかったのだろう。


 母親に抱かれたまま、可愛らしく首を傾げていた。


 アリスを一度捨てた者達に、再びアリスを委ねるなど父親として出来る事ではないと断ると、「手荒な真似はしたくなかったんじゃがな……」と馬車に乗っていた男性の命令で、夫婦はその場で兵士に取り押さえられた。


「会いたかったわ……ユリア」


 そしてアリスを兵士に無理矢理奪い取られ、兵士からアリスを大事そうに受け取った貴族風の女性は、アリスをユリアと呼び、泣きながら抱き寄せると、そのままアリスを馬車に乗せ、どこかへ連れて行ってしまった。


 私はその時のアリスの事をよく覚えている。


 わけも分からず馬車に乗せられたアリスは、最後まで馬車の小窓から、他の村人に羽交い締めにされ、泣き叫ぶ夫婦の姿を見ていた。


 後になって聞いた話だが、夫婦が拾った赤ん坊は王家の血筋であり、その頃揉めていた王家に敵対する者達によって誘拐されてしまったのだ。


 誘拐犯がその場で赤ん坊を殺さず、こんな田舎にまで捨てに来たのは、その者達に良心が残っていたからだろう。


 そしてアリスの本当の名はユリア・デレレーク・シンシア・フィルレスム。この国の第二王女であった。


 つまり、あの時馬車に乗っていたのは、この国の国王と王妃であったのだ。


 その時は、第二王女を育ててくれた恩があるので、王族に逆らった罰は温情で無罪となったが、下手をしたら村人全員が罰せられた可能性もあったとの話だ。


 この出来事は、村の住民が余所者を嫌う事になる要因の一つとなった。


 どんな事情があろうと、王族に逆らう事は許されない。そしてアリスを心の底から愛し、大切に育てていた夫婦は、その後、誰に言うことなくひっそりと村を出て行方知らずとなった。


 きっと村にいても、辛い記憶ばかりが蘇るのだろうと誰もが思った。たった半年間だったが、夫婦は確かにアリスを愛していたのだ。


 だから二人を探そうとする者はいなかった。


 それから丁度5年後、私はボロ雑巾のような服を着て、村の井戸に首を突っ込んで必死に水を飲もうとしていたリベアに出会った。


 そしてリベアに出会った瞬間から、私はリベアを育てる事に決めた。どんなに親族や村の人に反対されようとも、必ずリベアが大人になるまで面倒を見ようと……。


 それがリベアとの……娘との出会いだった……。


◇◇◇


 魔法が使えるかどうかは、血筋によって決まる場合が多い。


 戦争などが起きた時、積極的に国を守るのは貴族だ。なので必然的に、貴族には魔法が使える者が多く揃っている。


 もし魔法が使えると判断されれば、男なら将来貴族に、女ならどこかの貴族に嫁ぐ事になる為、リベアは将来多くの男性から言い寄られる事になるだろう。


 だが、貴族になる以外も道は多い。たとえば魔法が使えれば近衛騎士団に入る事も、王家直属の魔法士になる事だって可能なのだ。


 でも、母親としてはそういった血生臭い仕事には就いて欲しくない。


(……そう、たった一人でもいいから、リベアの事を一番に考えてくれる良い人に巡り逢えるといいんだけど……)


 曲がりなりにも、私はリベアの母だ。

 一度きりの人生。どんな風になってもリベアには幸せを掴み取って欲しい。


 たとえ血が繋がっていない親子だとしても、リベアは私の大事な一人娘な事には変わりない。


「そろそろ時間ね」


 今日は娘に呼ばれて、ティルラ様のお宅へお邪魔する事になっている。あいにく仕事で夫はこれないが、私自身がティルラ様の人となりを知れる良い機会だと思った。


◇◆◇◆◇


 今日リベアのお母様が家にやってくる日らしいです。家庭訪問のようなものでしょう。自分の娘が新天地でしっかりやっているのか、心配になるのが親という生き物ですからね。


 私には親代わりのバカ師匠がいましたが、あの人に親心なんてものはあったんでしょうか?


 ……ほんの少しばかり、あったと信じている私がいます。私も馬鹿ですね。赤の他人に、愛情を求めるなんて。


「うちのお母さんちょっと厳しい所がありますけど、基本的には優しいから大丈夫です!」


 リベアはそう言ってましたけど、たぶんお母様の本当の狙いは、私が信頼に値する人物が改めて確認しにきたんだと思います。


(実際、急に村にやってきて、大賢者の後継者って名乗るなんて、随分うさんくさい話ですものねぇー)


 それでも村に住める事になったのは、私の可愛さ故だと信じています。


「さて、そろそろ時間ですかね」


 うーんと両手を頭の上で組んで、思いきり伸びをします。きもちいい。


 リベアに頼りきりの生活をしていると、リベアのお母様になんて言われるか分かりません。もしかしたらリベアをこんな私の所には置いておけませんとか言われるかも。師弟関係解消の危機です。


「……仕方ありません。今日限りは立派な師匠として振る舞いましょう」


「ししょう……?」


 そう心に決め、頑張るぞー意気込んでいると、タイミングよく呼び鈴が鳴りました。



「あ、お母さん来たみたいです。呼んできますね」



 リベアが玄関へと向かいます。私も普段は着ない外套を羽織り、いそいそと向かいます。


(緊張して、お腹壊れないといいんですが……)


 突然用事が入って、帰ってくれませんかねとお祈りしてみましたが、残念です。帰る様子はありません。


 リベアによって無常にも扉は開かれると、私は渾身の作り笑顔でお母様を迎えるのでした。


「お久しぶりです。リベアのお母様」


 にこっと笑ってみせました。


 そしたら弟子に、凄い目で見られました。

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