第10話 弟子を怒らせてはいけません
「んぅ……。ねむ……もう朝ですか……?」
勢いよくカーテンが開けられ、窓から一気に日差しが差し込みます。眩しい。
私の休日の朝(毎日)を邪魔したのは、弟子のリベアでした。
「師匠、いい加減起きてください!!」
お陰で目が覚めてしまった私は、軽く伸びをしつつ窓を開けます。
「いい風ですねー」
ふわりと舞いこんだ風が髪を揺らし、吸い込んだ空気の澄んだ味は、じんわりと喜びに変わり、身体中に広がっていきます。
今日もいい朝です。
「リベア、おはようございます」
「おはようございます師匠。もう昼ですけど」
朝ごはん一緒に食べようと待っていたんですよー! とリベアは腰に手を当て、ぷんすか怒ります。
毎日美味しい料理を作ってくれている手前、申し訳なく、すみません、つい昔の癖でとはとても言えませんでした。
「ちゃんと食べるので許してください」
「それなら許します」
「ありがとうございます」
くるりと反転。次には笑顔になっていました。どうやらご機嫌を直してくれたようです。危ない所でした。彼女のご機嫌を損ねるとご飯作ってもらえませんから。
そうなったら私は栄養失調で餓死します。
そこであれっ? とある事に気付きます。
私が屋敷にいた頃は、師匠がご飯を作ってくれていました。
ふむふむ成る程。そう考えると一応毎日三食作ってくれていた師匠は立派ですね。私、料理はさっぱりでしたから。
料理は研究の息抜きとかって言って作ってましたし、案外料理上手でした。
でもリベアの料理の方が絶対美味しいです! 師匠の料理なんかには絶対負けません!
こんな事を面と向かって言ったら、たぶん拳骨が頭に落ちてきていたと思います。
……師匠の拳骨をもう喰らえないのかと思うと、少し寂しい気もしますが、あれかなり痛いんですよね。ご丁寧に魔力で拳を強化していましたし。
ん? 私の得意料理ですか? そうですね……キノコスープです!
「師匠の得意料理なんて聞いてしませんし……すぐ出来ますから、少し待ってて下さい」
エプロンを巻いて去りゆくリベアに、ところで朝ごはんはなんでしょう? と聞くと、驚くべき答えが返ってきました。
「え? 昼まで寝るような師匠には雑草がお似合いですよ。朝早く起きて取ってきたんですから、ちゃんと全部食べて下さいね」
彼女は笑顔でそう宣いました。
「
「
私、一応あなたの師匠なんですけどね? 扱い酷すぎません?
最初の頃はそうでもなかったのに、一ヶ月も暮らすと人は変わってしまうものですね。
私と師匠の時もそうでした。
最初の頃は迷惑かけないようにちゃんとしないとと張り切っていましたが、数日の内にああ、これダメな人ですねと蔑んだ目で師匠を見ていましたから。
なのでリベアが怒るのも無理ありません。全面的にだらしない私が悪いんですから。
しかし雑草はあまりにも酷すぎません? 私は泣きながらリベアに縋りつきます。師匠としてのプライドなんか、食事とプライドを天秤に掛けて、秒で捨てました。
日々を生き抜く為には、食事は必須なのです。
「嫌だったら、私に新しい魔法と文字を教えて下さい」
「分かりました」
その日はリベアに、新しい魔法と文字を教えました。
文字の普及率はだいたい30パーセントです。辺境の村では当たり前ですが、読み書きできる人はごく僅か。
リベアも、もちろん読めない内の一人です。
しかし、ここ一ヶ月の学習でだいぶ読めるようになってきたようで、私にこの文字はなんですか? と聞く比率はだいぶ下がっています。
「ふふっ、やはり大賢者の後継者ともなると、人に何かを教えるセンスもピカイチですね」
そう私がドヤると
「何言ってるんですか師匠? 師匠の教え方、村の先生より分かりにくいですよ」
って真顔で言ってきやがりました。
「聞いてます? 師匠?」
あーーーーー何にも聞こえません。
ポイっと一冊の本をリベアに渡します。
「これはなんですか?」
「宿題です」
「弟子いじめとかじゃなくてですか?」
「はい。宿題です」
「……なんで今、目を逸らしたんですか」
宿題として、共通語以外の言葉を出しておきました。
意地悪なんかじゃないですよ。
将来の役に立ちますから。
信用がないのか、リベアは不遜な顔で私を見てきます。
しかし私も、これは必要な学習なんですと腕を組み、堂々と断言します。
「師匠がそこまでいうなら……」
弟子は渋々ながらも納得してくれました。
実の所なんの役に立つかって? そりゃ他国に行った時、リベアに全ての雑事を任せられるからですよ、ぐへへ。
私が悪い顔をしているのを見て、リベアは顔を顰めます。しかし「師匠ですから仕方ないですよね」と笑って許してくれます。
なんだかんだ、自ら弟子に志願しただけあって、私に好意的でいてくれているようです。
良かった良かった。
私は残りの時間を読書や散歩など、好きなことをして過ごし、一日の楽しみである夕食を待ち遠しく思っていました。
そして二階の寝室でだらだらしていると、リベアに呼ばれました。
「師匠ー! 夕飯出来ましたよー」
「はーい」
ええ、だからこそ油断していました。
リビングに降りて、席に座って、フォークを手に取った時に気が付きました。リベアがニコニコしながらこちらを見ています。
何か猛烈に嫌な予感がして、出された食事に目を向けます。
「……………………………………え?」
すぐには状況が理解出来ず、たっぷり間を開けてから声が出ました。
その日の夕食は、食べられる雑草でした。
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