第5話 名乗りを上げてみます
「んー……」
さあまずはどこへ行けば良い宿が見つかるものかと思っていたところ、井戸でうんしょ、うんしょと水を汲んでいる娘さんを発見しました。
アッシュブラウンの髪を腰まで伸ばした、どこか品のあるお嬢さんです。
私より少し年下といったところでしょう。
早速声をかけようとしましたが、そこではたと気づきました。
いけない、いけない。まずは見だしなみのチェックをしなくては。
私はサッと手鏡を取り出し、髪を櫛で整えます。
髪を整えながら、懸命に水を汲む女の子を観察します。
――髪の毛伸ばしてみたいですねー。でも邪魔ですねー。
腰まで伸びた、ゆさゆさゆらゆらと左右に揺れる長い髪と大きな胸をみていると、女の子として長い髪にも大きな胸にも憧れは抱きます。
しかし、私はあまり髪の手入れをしない方なので、長い髪は向いていません。肩まで伸びた私の銀髪には、くせっ毛がピンピンと跳ねていました。こういう所は、似たような私生活を送っていたせいで師匠に似てしまったんでしょう。
あの人も研究漬けで、髪がぼさぼさでしたから。
まあそれでも、私は最低限、人に見られるくらいには毎日整えています……油断すると、師匠に落ちてしまいますが。
髪を整え、いよいよ声をかけます。まずは発声練習からです。旅の間もほとんど声を出していませんでしたので。
「あー!」
思ったより大きな声が出てしまいました。
女の子がビクッとこちらに振り返ります。これは失敗ですね。怖がらせてしまいました。
「びっくりさせてしまいすみません。喉の調子が悪かったので……ええっと、お嬢さんはこの村に住んでる方でしょうか?」
「え? あ、はい、そうですが……?」
「少し聞きたい事があるのですが、今大丈夫でしょうか?」
「えっと、もしかして魔女……魔法使いさんですか?」
娘さんは視線を上から下へと、私の全身を隈なく流し見ます。もしかして、変な人だと疑われているのかもしれません。早いとこ肯定した方が良さそうです。
「はい、その通りです。私は大賢者シャルティア・イスティルの正統後継者、ティルラ・イスティルと申しますッ!!」
――外套ばっさぁ。高らかに名乗ってみました。
今の私は、誰かどう見たって魔法使いという格好をしています。
今時は逆に珍しいという、とんがり帽子に黒い外套、伝統的な魔法使いの格好です。
聞けば、この衣装は師匠の若い頃のお下がりだとの事です。
屋敷の中ではラフな格好か白衣、又は魔法の練習用と普段着として、肌着の上から着ていた特製のローブでしたが今は違います。
なにせ、大賢者シャルティア・イスティルの正統後継者なんですから。
師匠の顔に、泥を塗るような格好も行いも出来ません。
娘さんの持っていた桶が落ちて、ぱしゃりと水しぶきが跳ね上がります。
顔を上げると、娘さんは目と口をこれでもかと開けたまま固まっていました。
こう言っては何ですけど、可愛らしいお顔立ちをしているのにそれが台無しです。
あとでほっぺをふにふにしたいですね。
「ほんとに、ほんとに魔法使いさん?」
「はい、魔法使いですよ」
私が頷くと、女の子は突如として泣き出してしまいました。
「う……っぐ……えぐっ……」
「え、あのどうしたんですか?」
私が一体どんな過ちを犯したんでしょう。ただ喋りかけただけなのに泣き出してしまいました。前世の私が、何かやらかしたりしてたんでしょうか?
そんなわけで、私もちょっぴりパニックを起こしてしまいました。
わけも分からず、魔法で花を出したり、蝶を出したりと、幼子をあやすように接する事5分。女の子はようやく泣き止んでくれました。
井戸が民家と離れていてよかったです。人が集まって来たら大事になる所でした。私の第一印象が最悪になってしまいます。
「魔法使いさん。ごめんなさい。私の名前はリベア・アルシュンって言います」
落ち着いた彼女は、自己紹介をします。年齢は予想通り、私より一つ年下でした。
「リベアさんですか。改めまして、こんにちは」
ペコリと私がお辞儀をすると、リベアさんもペコリとお辞儀を返してきました。
リベアさんは見た目通り、とっても礼儀正しい子でした。
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