第4話 私の弟子は少し、いやかなり壊れています

「えっへへー! 師匠大好きですー!!」

「それはどうもありがとうございます」


 肩まで伸びたアッシュブラウンの髪に、黄金色の瞳で私の事を捉えてくる少女は一体誰でしょう。


――彼女は私の弟子を名乗るリベアです。


「師匠、何言ってるんですか! 私は師匠の妻ですよ!」

「なら師匠と呼ばないで、名前で呼んでみてはどうですか? それと私、結婚の承諾なんてしてませんが?」


 あれは保留にしていたはずですと、再度問いかけると、リベアは婚姻届のコピーを渡してきやがりました。


 そこにはしっかり私のサインが書かれています。


 「あらあら」と、私は婚姻届のコピーを破り捨てると、リベアは「あー!?」と叫びました。


 まあコピーですので問題ないでしょう。問題なのはコピーじゃない方です。


 私の弟子は結構ぶっ飛んでいます。そして今も、恥ずかしそうにして、私の服の袖をちょいっと掴んで、もじもじしています。


「まだ師匠を名前で呼ぶのは恥ずかしくって……えへ!! でも、結婚に必要な書類は、私が書いて役所に提出しときましたので大丈夫ですよ!!」


 そこが問題なんですがねー。

 普段はとても可愛くて、元気をもらえて、いい子なんですが、この子は時よりぶっ壊れます。


「え、あの……あれ印鑑と、私のサインが必要ですよね?」

「はい、師匠の机から印鑑を勝手に引き出して、押させて貰いました。師匠は不用心ですよ、大事な物は一日おきに場所を変えるか、魔法をかけておきませんと」


「えー……それ不法侵入……」


 そんな人、世の中に中々いません。


 あとなんか、ボソッと師匠の肖像画とかと聞こえたような気もしますが……気のせいでしょう。


「サインの方は、私が師匠の筆跡を真似て提出したら何も言われませんでしたよ?」

「ええ……それも犯罪ですよ」


「そうなのですか?」

「そうなんですよ」


 こてんと首を傾げる動作は実に愛らしいんですが、やってる事は犯罪です。


「というか、女同士で結婚なんて認められてるんですか?」


「アリスちゃんが、認める! って言ってました。それに私達の後見人にもなって後押ししてくれるとも」


「ユリア様が……? 本当ですか?」


「はい!」


「…………それなら仕方ないですね」


「はい!」


「…………」


 リベアは銀髪、菫色の瞳をした私とは正反対に明るい少女です。髪の長さはだいだい同じなんですが、その理由が全然違います。


 私があまり髪を伸ばさない理由は、手入れが面倒くさいのと、魔法を行使する時に、髪が靡くのが嫌だからなんですが、リベアは私とお揃いがいいというだけで、長かった髪を切りました。

 とんでもない理由ですよね。


「とにかく、ユリア様には明日改めてお話しに伺いますが……リベア、これからは勝手な真似はやめて下さい」

「はい! 以後気をつけますね!!」

「返事だけは本当にいいですね……あともう二度と無いような気もしますが」 


「そうですね、師匠以外の人と添い遂げるなんて考えられませんもの」

「いえ、そういう意味で言ったんじゃないんですが……」


 この少女と出会った時はまさかこんな風に、ひとつ屋根の下で仲良く暮らす事になるとは思ってもみませんでした。

 

 ええ、最初出会った時とはだいぶ関係性が変わりました。すりすりと猫のようにリベアが擦り寄ってきます。うーん……人柄も変わってしまったのでしょうか?


 私は彼女が入れてくれた紅茶を飲みながら、思いっきり溜息を吐きます。


「なんでこんな事になったんでしょうかねー」


◇◆◇◆◇


 師匠と暮らした屋敷を追い出されてから半日、私は徒歩で、どんどん王都から離れていっていました。


 まあ言い方を変えれば、田舎に向かってるんですよね。


 徐々に道に草が生い茂り、舗装されていない道路になってきました。ここを通る馬車は一苦労する事でしょう。


 久しぶりに外に出たので、自然の風景も等しく輝いて見えます。


「まっぶしぃーーーーー!?」


 いえ、輝き過ぎですね。普段暗くてじめじめした所にいすぎたせいで眩しいです。


 仕方がないので、目を瞑って歩くことにしました。


「あいたっ!」


 開始3秒で転んでしまいました。どうやら私に、そっち方面の才能はないようです。


「治療魔法」


 ヒールを唱えて、すぐさま擦り傷を癒します。本当は師匠のように早死にしたくないので、魔法はあまり使いたくないんですが、女の子ですから。身体に傷などあってはなりません。


 その後も転んでは癒し、転んでは癒しで旅路を優雅に楽しむ余裕はありませんでした。


 それでも途中から、目が光に慣れてきたおかげで、ようやくまともに歩けるようになりました。


――ロフロス村


 3日かけて、ようやく目的地に到着。


 ここまで来るのに結構な宿代がかかりました。ついでに馬車代もです。やっぱり引きこもりに徒歩は無理難題でした。


 最初は気分良く歩いていましたが、途中からただの苦痛に変わりました。


 まあ、目的の田舎には来れたのでいいとしましょう。お金もたんまりありますしね、うふふ。



「それにしても、王都と違って、なーんにもありませんねー」



 そこはなーんにもない田舎の殺風景。

 その中心にあるのは、王都から来たので余計にさびれて見える小さな町。

 集落と呼んでも、差し支えないほどに小規模なものでした。


 まあ名称はロフロス村ですけど。


 一つ大きな建物といえば、教会くらいでしょうか? まあ教会はどこにでもありますし、だいたいどこも大きいですね。


「さて、行くとしましょうか」

 

 パンパンっとお尻をはたいて、座り込んでいた時に付いていた砂を払います。


 ここは一度師匠と旅行に行った時に訪れた場所でした。


 広い草丘と森に囲まれたこの場所は、幼い頃の私が、いつか余生をここで過ごせたらいいなと考えていた場所です。


 もちろん、理由が師匠との思い出深い場所だからだけではありませんよ!


 それでは私がまるで、師匠の…………いえ、なんでもありません。深く考えることはやめましょう。



「空気がいいですねー」



 やはり田舎は空気がとても綺麗です。王都と違って、色々と不浄な物が浄化されてる気がします。


 緑に囲まれて色とりどりの花が揺れる町。甘い花の香りが漂う素敵な町です。


 少し離れたこの場所にも、甘い匂いが漂ってきます。

 

 この後の予定は、まず住む家を探さないといけないんですが……いかんせん、長旅で足腰がつかれてしまっているので、ひとまず宿に行きたいと思います。


 荷物自体は、アイテム袋に収まるくらいでしたので苦労はしませんでしたが、元が引きこもりなので、外に出るのはやっぱり苦痛でした。


 部屋に篭って研究してる方が数倍楽しいです。


「……もうお家に帰りたい。でも、帰るところない」


 追放されて早3日。


 屋敷で引きこもりしていた日々を懐かしく思い、少しだけ胸がキュッとなるのでした。

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