第2話 大賢者の正統後継者
私は両親の顔を知りません。物心ついた時から孤児院に住んでいました。
自分でいうのもなんですが、私の容姿はそれなりに整っている方だと思います。顔だけでいえば貰い手は多くいました。
しかし古くから白い髪は魔族が有する毛として嫌われており、銀髪である私もその対象でした。
色素による関係もあるのですが、白系統の髪色を持つ者が生まれる事自体は珍しくありません。ですが割合的には9対1といった所で世間的にはまだまだ白系統の髪色を持つ子供は少ないそうです。
そして銀髪で菫色の瞳をした私は、周りから奇異の目で見られる事が多くありました。
私の行動が多少おかしいというのは認めます。なにせ当時6歳の子供が、大人が読むような学術書に手を出したり、魔法について関心を持って、隠れて調合なんかしてたんですから。
ですが、ふらっとやってきたあの人は、そんな私に関心を持ったのか、その日のうちに孤児院から連れ出してくれました。
今思えば、ただ小間使いが欲しかっただけのように感じますが。
師匠――大賢者シャルティア・イスティルに正統後継者として引き取られ、修行の為にと人気のない山奥に連れて行かれたのが8歳の頃。その山奥を出たのが13歳の時でした。
そして、この王都の屋敷で師匠と共に修行と研究に明け暮れ、その一年後、私が14歳の時に師匠が老衰でおだぶつになりました。
師匠が死んでからも私はたった一人で、この一年間研究を続けてきました。義務みたいなものです。
師匠は当時48歳でした。平均寿命82歳からしたらわりと早死にです。
おそらく魔力の使い過ぎでしょう。
私は師匠みたく早死にしたいわけではないので、積極的に魔法は使いたくありませんね。
「おい、さっきからぼーっとして、ちゃんと話を聞いているのか!」
屋敷に食糧を運んできてくれるおじちゃん以外の人と会うのは久しぶりでした。
だから、急にやって来て偉そうな態度をとりながら追放だなんて……この方には少々ムカつきました。
しかし国家に楯突くわけにはいきません。
私は平穏を願う、どこにでもいる普通の少女なのですから。
「私と師匠の研究はもう……必要ない、という事ですよね?」
それを聞いた彼は、深々とため息をついて頷きました。
「え、じゃあ、私はどうすれば……あ、とりあえずお金は貰っておきますね」
彼が差し出していたお金の袋を懐にしまいます。
思えば、物心ついてすぐ師匠に引き取られて、それ以降はずっと師匠の指示通りに生きてきました。
師匠から与えられた最後の役目、研究の完成……それがもう必要なくなったという事、そして師匠もいない今、新たな目的が生まれなくなったのは生まれて初めてのことでした。
ちょっとワクワクしますが、それ以上の不安が私にのしかかります。
目の前の男性の、非難するような視線があれば尚のこと。
「よし退職金を受け取ったな。本来ならこのお金はシャルティア様のものなのだがな……まあいい、これで私の役目も終わりだ。さっさと荷物をまとめて出ろ」
あ、さっきのお金はやっぱり退職金だったんですね。どうしましょう、今、お金を返したらここに住まわせてくれるでしょうか? いいえ無理でしょう。両方奪われて終わりです。
私がほえ? とした表情を浮かべていると、彼は淡々と言葉を続けます。
「そもそもこの屋敷はシャルティア様の為に魔法統率協会が用意した場所だ。本来であれば、彼女が亡くなった時点で、ここは我々に返却されるはずだった。だが一年前、勇者が現れ魔王は倒された」
「ふむふむそれでどうなったんですか? あ、言わなくても分かりますよ、色々忙しくなったんですよね」
「……そうだ。魔王によってもたらされた被害の確認、復興。もちろん我々も国民もシャルティア様の死を嘆いたが、彼女の屋敷の後始末など考えている暇はなかった。ましてや、彼女がいつの間にか連れてきていた
正確に言うと、正統後継者なんですがね。この人あえて弟子とか言いやがってますね。そんなんだから、魔法統率協会で万年序列三位の幹部止まりなんですよ……たぶん。
ですが疑問もあります。世間から見たら私はどういう立ち位置にいるのでしょう。
師匠に一度私の事を広めてくれと頼んだ事がありましたが、めんどくさいと一蹴されてしまった思い出しかありません。
「あの、私って、どういう扱いになっているのでしょう?」
「? どうも何も、戸籍そのものがない。元よりこの国に住まう権利もないのだ。貴様も分かっているのだろうティルラ・イスティル」
はい、なんとなく分かっています。あとフルネームで呼ぶのいい加減やめて下さい。と心の中で文句を垂れてみますが、いくら言っても聞こえるわけがありませんね。
「貴様のような矮小な存在を知っていたのは、統率協会の中でもほんの一部だけ。しかもシャルティア様との会談の中で「後継者作ったわ」と聞いていた程度だ。我々のような優秀な人材でさえ、弟子を取らなかったのに、後継者など作るとは何かの冗談だと思っていたのだがな。先ほど弟子といったが、訂正する。正確には我々にとって貴様は、シャルティア様の弟子ですらない。貴様はこの魔法統率協会の人間としても、登録すらされていないのだからなティルラ」
おい、レディーを呼び捨てにすんじゃねえですよ!
でもそうですよね、あの人ならやりそうなことです。やるやる言ってて、結局一度も自分で自分の部屋の掃除をした事なかったんですから。
「えっと、じゃあ、退去というのもおかしいのでは? 私は元々ここにはいない存在なんですよね? だったら……」
「…………出て行け」
あ、この人とうとうキレた。
まだそんなに駄々こねてないのに!!
「貴様の足りない頭では、理解出来ないだろうからそう言ったまでだ。貴様はそもそもこの屋敷を利用する権限を持っていない。シャルティア様の遺言もない。こうなってはもはや、不当にシャルティア様の屋敷を占拠している状態だ。分かったらとっとと出ていけ!」
「わっ、押さないで下さい! 触らないで下さい! 近づかないて下さい!!」
そこまで言った後、彼はとても悲しそうな目をしました。どうやら彼の心にグッサリ刺さったようです。少々言い過ぎましたでしょうか?
「……お前みたいな乳臭いガキに言われても、案外悲しくなるものだな」
「なっ!?」
はい、この人あとで絶対殺します。今の、女の子の胸を見て、言っていい台詞ではないと思いますので。
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