第141話 気を許してないなんてこと、ないですから!

「そっか。それならいいや。よーし。じゃあ、気を取り直して将棋でもしよっか」


「…………あの」


「どうしたのかな? あ、もしかして、何かやることでもあった?」


「あ、いえ。それは……ないんですけど……えっと……その……」


 言葉が上手く出て来てくれません。変える。その決意はもう固まっているはずなのに、恥ずかしさが邪魔をしています。


「?」


 不思議そうに首を傾げる死神さん。その長くてきれいな白銀色の髪が、死神さんの動きに合わせてタラリと垂れます。


 ああ、もう、勢いで言っちゃえ。







「シオンさん!」







 僕の言葉に、死神さんがピシリとその体を硬直させたのが分かりました。おそらく、今、死神さんの思考は完全に停止してしまっているのでしょう。


 僕の方はというと、これまで経験したことがないほど顔の温度が上がっています。まるで、今にも火が出そうです。


 沈黙の時間。ですが、それほど長くは続きませんでした。顔を真っ赤に染めた死神さんが、その沈黙を破ったのです。


「き、ききき急に、ど、どどどうしたの!?」


「そ、その。お、お義父さんが言ってたんです。『結婚しているのに、娘の本名を呼ばないのは、娘に気を許していないからなのか?』って」


 今まで、僕は、死神さんのことを本名で呼んだことはありませんでした。もちろん、その本名は、死神さんと同棲を始めた初期の段階で教えられたので、いつでも呼ぶことはできました。ですが、僕はそうしませんでした。呼び方を変えるのに恥ずかしさもありましたし、何より、「死神さん」という呼び方には、僕なりの愛着もありましたからね。


 それでも、お義父さんの言葉に、僕はハッとさせられたのです。もしかしたら、死神さんも、お義父さんと同じように考えているのではないかと。僕が死神さんに気を許していないと、勘違いしているのではないかと。


「ぼ、僕、シオンさんのこと大好きですから! 気を許してないなんてこと、ないですから!」

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