第137話 僕は、ただの人間

 お義父さんの言葉には、確かな重みがありました。娘のことを心配する、そして、僕を試そうとする、そんな重みが。


 本当なら、ここで、「はい!」と言いながら力強く頷くことが正解なのでしょう。ですが、僕にはそれができませんでした。お義父さんに対する恐怖で体が動かなかったというわけではありません。死神さんと結婚することが決まってからずっと隠してきた不安。それが、僕の体を硬直させてしまったからです。


「…………」


「…………」


 お義父さんは、するどい眼光を僕に向けています。それはまるで、一切の誤魔化しを許さないとでも告げているかのようでした。


「……お義父さん」


 だからこそ、僕は、ここで真実を話すことにしたのです。


「……何だ」


「僕は、死神さんを守るためなら、命を懸けることだってできるつもりです。でも……」


「…………」


「死神さんのことを守り切れるかどうかは、分かりません」


「…………」


「僕は、ただの人間。特別な力も何も持っていない、誰かに支えてもらわないと生きていけない、そんなちっぽけな人間だからです」


 きっと、この答えは間違っています。結婚相手を守り切れないかもしれないなんて。どこの親が、そんなことを言う男を、娘の結婚相手として認めるというのでしょうか。


 でも、自覚せざるを得ないのです。僕はただの人間であると。死神さんを守れるほど、立派な人間ではないと。


 だって、以前、死神さんが僕の前からいなくなった時、僕は、ただ死神さんを待っていることしかできなかったのですから。

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