第70話 生まれたての小鹿みたいね

「しかし、あなたがこの子の……ね」


 諸々の説明を終えたお義母さんは、僕のことをまじまじと見つめます。


「な、何でしょうか?」


 思わず、後ずさりをしてしまう僕。バクバクと早鐘を打ち始める僕の心臓。そういえば、前にもこんな体験をしたような……。


 僕の緊張が伝わったのでしょうか。お義母さんは、「ふふっ」と微笑んだ後、僕から距離を取りました。


「マ……お母さん、どうしたの?」


 死神さんが、不思議そうに首を傾げながらそう言いました。


「何でもないわ。あ、そうだ。夫からあなたに伝言よ」


「……僕に……ですか?」


「ええ」


 僕は、死神さんのお義父さんと会ったことがありません。そんなお義父さんからの伝言。一体何事でしょうか? よく分かりませんが、僕の直感が叫んでいます。『これはまずいやつだ!』と。『今すぐ逃げろ!』と。


「何か言いたいことでもあるのかしらね。普段使ってない鎌の手入れなんてしながら、『時間ができたら、一度そっちの世界に顔を出そう』って言ってたわ」


 …………あ、僕、殺されるのかな?


「そ、そそそ、そうなんですね」


「君、どうしたの!? すごく足がガクガクしてるんだけど……」


「あ、あはは。ど、どうしちゃったんですかね。ぼ、僕の足は」


 心配する死神さんに、僕は笑顔で答えます。ですが、果たしてちゃんとした笑顔を浮かべることはできているのでしょうか。おそらく、できていないんでしょうね……。


「生まれたての小鹿みたいね」


 そんな僕を見て、お義母さんは楽しそうに笑っていました。

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