第3章 僕の知らない死神さん

第64話 頑張って

「さあ、会場にレッツゴー!」


 元気よくそう言いながら、死神さんは拳を空高く突き上げました。


「やる気十分ね、お姉さん」


「当り前だよ、先輩ちゃん。なんたって、今日のために有給まで取ったからね。毎日の特訓も欠かさずにやってきたし。今の私に死角はないよ」


 死神業にも有給なんて制度があるんだ……。


 僕たちがいるのは、とあるビルの前。今日は、ここで将棋大会が開催されます。高校生だけではなく、一般の人も参加できるということで、死神さんも参加することになったのです。


 二週間前の部活動中。先輩から、大会に参加できると聞いた時の死神さんは、かつてないほど興奮していました。キラキラと輝く目。紅潮した頬。ピョンピョンと部室の中を飛び跳ねるその姿。今でも記憶に残っています。


「うー。もう待ちきれないよ。二人とも、早く行こう!」


 死神さんは、足早にビルの中へ。


 先輩は、やれやれといった様子で死神さんの後についていきます。ですが、その足取りは、いつもに比べて軽くなっているように見えました。もしかしたら、先輩も、死神さん同様テンションが上がっているのかもしれません。


「……さて、僕も行こう」


 そう呟き、僕が足を一歩踏み出した時でした。


 ―――頑張って。


 突然、僕の背後から聞きなれない声がしました。僕は、思わず振り返ります。ですが、そこには誰もいません。僕の目に映るのは、大きな道路と、そこを走る大量の車。


「……気のせい……かな?」


 首を傾げる僕。


 そんな僕の目の前を、一台の救急車が大きなサイレン音を響かせながら通過していきました。

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