第59話 あー

「死神さん。お粥できましたよ」


「ありがとう。コホ、コホ」


 ベッドの上で上半身だけを起こした死神さんに、僕は、お粥の入ったお椀とスプーンを手渡しました。


「…………」


「……死神さん?」


 どうしたことでしょうか。死神さんは、目の前のお粥を食べようとはしません。じっとお粥を見つめ、何かを考えているようでした。リクエスト通り、卵粥にしたはずなのですが。


「……はい、これ」


「……へ?」


 数秒後。死神さんは、お椀とスプーンを僕に返しました。そして、そのまま、大きく口を開けます。


「あー」


「……何してるんですか?」


「あー。あー」


 何かを訴える死神さん。死神さんが何を求めているのか、僕にははっきりと分かりました。


「えっと……食べさせろってことですか?」


「正解」


 そう答えて、死神さんは、「あー」と再び大きく口を開けます。その姿は、まるで餌を待つ雛鳥のようでした。


 恥ずかしさで目をキョロキョロさせる僕。断りたいのはやまやまなのですが、おそらくどう断ったとしても、死神さんは後には引かないでしょう。それくらいのことは予想がつきます。だから……。


「……あ、あーん」


 小さな声でそう告げながら、僕は、死神さんの口の中に、スプーンに載せたお粥を運びました。


 死神さんは、パクリと勢いよくスプーンを口にくわえます。お粥が少し熱かったのでしょう。ハフハフと口を動かしていました。やがて、ゴクンとお粥を飲み込み、一言。


「……味、分かんない」


「でしょうね」


 風邪のせいで鼻詰まりになっている死神さんにとって、お粥の味はないも同然でしょう。


「でも……」


「……でも、何ですか?」


「……ニヒヒ。なんかいいね、こういうの」


 死神さんは、そう言って笑っていました。その後、僕は、何度も何度も、お粥を死神さんの口の中に運ぶのでした。

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