第48話 一つだけ聞かせてくれませんか?

「……負けました。……グスン」


「ありがとうございました」


 テーブルに突っ伏す死神さんと、満足げな表情を浮かべる先輩。対極的と呼ぶにふさわしい場面です。


「さ、約束通り、あんたには将棋部に入部してもらうわよ!」


 そう告げながら、先輩はビシッと僕に人差し指を向けました。


 将棋で勝った方が僕を好きなようにできる。対局前に死神さんと先輩との間で交わされたこの約束。そこに、僕の意思はありません。ですが、僕がこの勝負に対し、口出しをしなかったのも事実です。


「……分かりました」


 だからこそ、僕は、ゆっくりと首を縦に振るのでした。


 僕の言葉に、両手を上げて「やったー!」と叫ぶ先輩。その表情は、喜びに満ち満ちていました。まるで、何かの重圧から解放されたかのよう。


「……でも、入部する前に、一つだけ聞かせてくれませんか?」


「何よ?」


「どうして、先輩は、そこまで僕を将棋部に入部させたいんですか?」


 初対面でいきなりの勧誘。翌日は教室、果ては家にまで来ての説得。さすがに、普通というには余りあるでしょう。将棋部へ入る者の権利として、その理由くらいは聞いておきたいものです。


「…………」


 先輩は、僕の問いに答えるかどうか迷っているようでした。ですが、しばらく逡巡したのち、「まあ、これから部員になるあんたには、知っておいてもらった方がいいのかもね」と呟きました。


 先ほどの、喜びの表情とは一転。その顔には、寂しげな表情が浮かんでいました。

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