第35話 ……君、今日、何かあった?

 その日の夜。


「……なんか、変」


「変って、この野菜炒めの味ですか?」


「いや、そうじゃないよ。いつも通りすごくおいしい。けど……」


 モシャモシャと野菜炒めを食べながら、死神さんは何かを訝しんでいるようでした。そのきれいな赤い瞳が、じっと僕を見つめています。


「な、何でしょう?」


「君、今日、何かあった?」


「……へ?」


 そう聞かれて真っ先に思いつくのは、本屋での出来事。先輩との出会い。そして、先輩からの将棋部への勧誘。「まだ諦めてないから」という先輩の言葉。


「……えっと、実は」


 僕は、死神さんに、今日あった出来事を説明しました。僕が全て話し終えた時、死神さんは、「そっか……」と小さく呟きました。


「君、少しボーっとしてたから、何かあったのかなって思ったんだけど、そんなことが……」


「……僕、そんなにボーっとしてましたか?」


「うん。してたよ」


 死神さんは、そう言って大きく頷きました。


 先輩の誘いをすぐに断ってしまった僕でしたが、本当は少しだけ未練があったのです。中学生の時は、いじめのせいで部活動に入っていなかった僕。高校生になったらという期待がなかったわけではありません。それでも……。


「まあ、死神さんが仕事から帰ってくるまでに晩御飯の準備もしたいですしね。部活動になんて入ってられませんよ」


「…………」


 僕の言葉に、とても曖昧な表情を浮かべる死神さん。嬉しいような、それでいて、どこか不満があるような、そんな表情でした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る