第7話 美咲

 奈々っちがいなくなって、もう随分経ってしまった。


 二学期の始業式の日、奈々っちは突然、親の都合で転校したと聞かされた。


 それを聞いた真央っちは、学校に来ていない。


 部活は、廃部になり。あたしは、ダンス部の部室を少しだけ覗く。


 変わらず、彼女たちが練習に励んでいた。


 あたしが逃げ出したダンス部……。


 きっかけは些細な喧嘩だった。


 本当にくだらないことが理由だった気がする。


 ただ、あたしは当時、部長である三年生に手を上げた。


 与えられた処罰は、停学二ヶ月。


 戻ってきた時、あたしの居場所はそこにはなかった。


 悔しくて、悲しくて、憎らしくて……。


 部室を飛び出して、土手に向かう。


 あたしだけの秘密の練習場所。そこで、ずっと踊ってた。


 誰よりも長く、多く、正確に、指の一本の先までしっかりと……意識をして……。


「上手だねー」


 間の抜けた声に、振り返ると一人の女の子があたしのことを頬に両手に手を当てながら座って見ていた。


「……誰? あんた?」

「好きなの? 踊るの?」

「……嫌い」


 自分でも不思議だった。停学中は一度も踊りたいなんて思わなかった。


 友達の付き添いで入ったはずのダンス部でいつの間にかあたししか残ってなかった。


 そんなダンスに未練なんて……ないはずなのに。


「そっか……あたしは好きだな。あなたの踊ってる姿」

「なんなの? あんた? 邪魔だからどっかいってくんない?」

「……嘘、ついてるね」


 その真っ直ぐ過ぎる瞳に、そう言われるあたしの胸がドクンと跳ねた。


「もーいいからさ……消えてよ! 消えなよ!!」


 反射的に、拳が前に出る。最近の悪いところ。


 衝動で手が出る。そのせいであたしは居場所を……友達を失ったというのに……。


 でも、その子はあたしの繰り出した拳をなんでもないかのように受け止めていた。


「……違うよ。そうじゃない」

「あっ、あんたに何がーー!!!」

「楽しいこと、しようよ」

「……楽しい、こと?」

「そう、楽しいこと、そして、笑えばいい」


 そう言ったその女の子の笑顔がすごく綺麗で、眩しくて、あたしは……。


「奈々ー? どこー?」

「……あたし、行くね」

「ちょっと!!」

「楽しいことしたくなったら、来て、3階の外れの空き教室。そこにいるから」

「あっ、あんた! 名前!! 名前は!!!」

「奈々」


 それが奈々っちとの初めての出会いだった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 真央っちとの電話を切って、すぐに佐奈に連絡を入れる。


 幸い、しばらく佐奈は日本にいるみたい。


 向こうでの仕事が9月の中頃まではないからみたい。


「奈々っち……」


 忘れかけていた。奈々っちがいなくなって真央にっちが不登校になった頃。


 一度だけ、夢に奈々っちが出てきた。


 奈々っちは相変わらず楽しそうに笑ってて、ただ一瞬だけ真面目な顔になるとあたしに、ううん、きっとあたしだけじゃないけど……こう言ったんだ。


【真央のことよろしくね】って。


 奈々っち、すっごく、すっごく、遅れちゃったけどさ、その約束守るよ。


 あたしは、そんな決意を静かにして、明日を迎えるため、いつもより少し早く眠りについた。


 

 


 

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