第17話 8月31日 4 (真央)

「それはーー!!!」

「この左腕、返すね。それで、本当にお終い」

「嫌だっ!! 返さない!!!」

「左、腕ぇ?」

「どういう、こと〜?」

「……楔(くさび)よ」

「おーさっすが、神社の娘。詳しいねー」

「……くさ、び?」

「……神様が、この世界に留まるために必要なものよ。わかりやすく言うなら強い繋がり、かしらね」

「……あんなに嫌がってたのに、ちゃんと勉強したんだ。静葉、偉い」

「七結心絆神……この街の土地神の名前……うちの神社の小さな神殿で祀っている縁結びを司る神様」

「まぁ、正確には、私は神様じゃないけど……まぁ、似たようなもの」

「もー適当だなぁ、奈々っち」

「でも、奈々ちゃん、らしい」

「……」

「……奈々?」

「……あー……イケナイ子だなぁ、私、まだ、みんなといたいって思っちゃった」

「いればいいよ!! 私たちも奈々とずっと一緒にーー」

「……でも、ダメ」


 奈々が優しく、私の左手に触れる。あの時感じた不思議な感覚を感じ、左腕に同じような熱が戻る。


「楔を抜いた、これでみんなの記憶から、私はだんだんいなくなる。みんなを私から解放した」

「なん、で……」

「……」

「どうしてそんなーー」

「みんなの楽しいを、邪魔したくない」

「私たちは、奈々のこと邪魔だなんてーー」

「ほら、邪魔してる」

「えっ……?」

「私がいなくても起こる、楽しいが、私がいることで、起きなくなってる。みんなの楽しいを私が邪魔してる」

「違う! それは違うよ!! 奈々!!!」

「会いに来てくれてありがとう。嬉しかった」

「奈々!!」

「……真央……」

「私は奈々といれてすごく楽しかったから!! 何もなかった私に! あなたとの思い出が!! ずっとずっと大切に、大事にしたいって思えるすごく大事なもなんだから!!!」

「真央だけじゃない!! 私も……私もそうだからね!! 奈々!!! あなたがいなければ私は音楽からも神社からも逃げていた! だから、あなたに会えたこと本当に感謝してる!!」

「あたしだって……あたしだって! そう!! 奈々っちがいたから、あたしの高校生活楽しかったし、ダンスにも向き合えた!! ありがとう奈々っち!!」

「佐奈も……佐奈もだよ!! 奈々ちゃんとみんなで色んなことして遊んで、頑張って、やり遂げたから夢を見つけられた、だから、みんなとの思い出は、全部全部!! 佐奈の大事な宝物だよ!!」

「……みんな、ありがとう」

「奈々!!」

「一つ、我儘言ってもいい? 私が、もし、生まれ変わって、みんなと同じ人間になったら、またみんなの楽しいに混ぜてくれる?」

「当たり前でしょ!! 私たちと奈々はいつまでも親友だから!! 忘れたとしても、ずっとずっと友達だからね!!! 奈々!!」


 言い終えた瞬間、私の頬から涙が一つ溢れた。


「バイバイ、みんな」

「奈々!! 奈々がいなくなっても私、もう逃げないから音楽からも家からも……だから、寂しくなったら、戻って来なさい!!」

「奈々っち!! もう、心配いらないからね! あたし、ダンスの楽しさもう、二度と忘れないから。また遊ぼうね! 奈々っち!!」

「佐奈も待ってるから、奈々ちゃんのこと忘れちゃったとしてもずっとずっと待ってるから!! 今度は、会う時は、佐奈のお菓子食べてね! 奈々ちゃん!!!」

「……奈々……さよならは言わないからね。お別れなんて言わないからね!!」


 奈々の姿がだんだんと透けて見えなくなっていく。


 奈々の言う、楔がないことで、他の人たちのように奈々を認識できなくなっているのかも知れない。


「私は……私たちは絶対、忘れないから!! 来年もまたその次の年も必ず!! 必ず!! 奈々に会いに行くから!!!」


「……仕方ないな。じゃ、また明日、あっ、来年か」


 そう言った奈々の顔は、いつもと変わらないあの私が憧れた、太陽のような笑顔だった。


 私が胸に握りしめていた、手紙が跡形もなく消え去り、同時に、私の頭の中から何かが凄い勢いで消えていくのがわかった。


 何が消えているのかはわからないけど、でも、私にとって、すごくすごく大事なものだと思えた。


 私は、声を上げることなくその場に膝から崩れ落ち、ただ泣き続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る