第5話 8月27日……(静葉)

「久し、ぶりだね。静葉」


 久しぶりにあった、真央は少し痩せて、顔色もあまり良くないように見えた。


「……あなたはだいぶ変わったわね。真央。なんというかーー」

「あーそれ以上言わないで。私、自身わかってるから……。」

「……そう……」


 アイスティーの氷がカランと音を立てる。


 ストローで軽くかき混ぜ、そのまま一口飲む。


「どうして……連絡してきたの?」

「……これが出てきたから……」


 本当は、連絡なんてするつもりはなかった。ただ、奈々に呼ばれては動かないわけにはいかない。


「……何? 手紙?」

「要件はこれだけ、じゃあね。真央」

「ちょっ、ちょっと! 静葉!!」

「真央、これだけは言っておくわ……奈々の面影を追いかけてるのはあなた、だけじゃない……」

「えっ!?」

「……私が言えたことじゃないけど……割り切らないとね……そろそろ……」


 私は、真央にそう告げ、足早に店を出る。


 奈々は、私を救ってくれた。


 ピアノから、音楽から逃げた私を……今、思えば奈々は私にーー。


 いや、それはきっと自惚れ。


 奈々は、きっとそれだけの理由でバンドを組んだわけじゃない


 そう、きっと……。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「だーかーらー!! なーんで! 静葉はそんな頭硬いのー!!」

「……美咲がバカなだけでしょ……」


 やかましい彼女を黙らせるため、短く暴言を吐く。


「あー!! バカって言った!! バカっていう方がバカだしー!!!」

「はいはい。バカで良いわよ」


 子供の喧嘩のようなやりとりをしている自分自身に対しても頭が痛くなる。


「あー!! あたしのことバカにしてるでしょ!!」

「……自分でバカって認めてるじゃない……」

「いや! あたし!! バカじゃないし!!!」


 そうね。あなたはバカではない。きっと……私の方がーー。


「まーたやってるよ……」

「ね〜あっ、真央ちゃんお菓子、食べる?」

「何?」

「チョコクッキー!!」

「……あー……うん。1枚」

「はい! どうぞ〜」


 奈々が来る間、私たちは部室で各々過ごしていた。


 夏休みの間で私たちは、バンドとダンス大会……。


 この2つを同時にやるという、やるまでは不可能だと思っていたことをやり遂げてしまった。


 結果だけ見るなら、決して誇れるものではないのかもしれないけど。


 でも、楽しかった。


 悔しくて、悔しくて……泣いて、でも終わってからは笑ってしまうくらい、ちゃんと真剣にやっていたんだと自分でも驚くほどに……。


 またやりたい……。


 そんな、私らしからぬやる気すら満ち溢れていた。


 そんなことを考えていると、部室の扉が静かに開く。


 そこには、何か真剣な表情をして奈々が私たちの方を見ていた。


その異様な光景に、皆が一斉に奈々の方を見ていた。


「奈々、おはよーー」

「今日でこの部活は廃部。それから……今までありがと……」


 そう言うと、奈々はふっと笑って部室の扉を静かに閉めた。


 私たちは誰一人としてその言葉を理解できず、奈々を追いかけることすら出来ず、ただただその場に立ち尽くしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る