魚の娘、水の音 捌
心を落ち着けてよく見ると、異なる部分がいくつかあった。
前の雛子よりもいくつか幼い。前は二十歳に少し届かないくらいだったが、目の前に立つこの子はせいぜい十五かそれより下だろう。切れ長の目に細い鼻梁や唇、表情を消して黙っていると少し冷たそうな印象の面差し。前のあの子はもっと幼げな顔をしていた、髪ももう少し長かった――と、知らずに差異を数えてしまう。
「こんばんは、ユキちゃん。いい夜ね」
細かなところはまだ荒い。豊かな黒髪はよくとかされて、きちんと整えられてはいたが、微かな動きにもきらきら輝くあの真っ黒な絹糸のようではなかった。頬に柔らかく血色が透ける若い肌はみずみずしくはあったけど、蝋燭のように白く青ざめていたほうがやはり雛子らしいと思った。
「怖い顔をして、どうしたの? 」
立ちすくむ私にゆっくりと歩み寄る。触れるほど近づくと甘い香りがする。
「怖い顔を――してますか?」
彼女は楽しそうに小さく笑う。怜悧な面差しがふわりとほどける。白い紗と紅色の薄い着物で、牡丹の花が咲いたようにきれいだ。白いレースのりぼんで横の髪を一筋だけ結んでいる。蝶々結びがひらひらと風に踊る。
「なんだか幽霊を見たみたい。怖い思いをしたのでしょう? それとも雛子が気味悪い?」
小首を傾げて私を覗き込むようにする。自分の姿がきれいなことを自覚していなければ出来ない仕草だと思う。実際、息が止まりそうなほどにはかわいい。前の雛子はもう少しはにかみやで、こういう真似はあまりしなかった。
本当はどんな子だったのだろう。私はあの子の名前も知らない。
「雛ちゃんが気味悪いなんてこと、ないですよ」
あの子がいなくなって寂しい気持ちもある。
しかし、記憶はどんどん薄れる。目の前にいる新しいこの子から、目が離せなくなっていくのと同じ速度で、私は前の子を忘れていく。
「ほんとうに? ユキちゃんがそう言ってくれるならうれしいな」
「あなたはきれいです。みんなそう思ってます、私たちは」
雛子はにっこりと微笑んで、「おうちに入ってレモネエドを飲みましょう。ユキちゃんのは炭酸ぬきにしたから」と優しく私の手を引いた。
細っこくてやわらかな手の感触は、しかし私に「だいじょうぶよ」とささやく前の子のそれとは違って、私はとてもかなしかった。
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