魚の娘、水の音 陸

 扉の向こうには大きな水槽があり、水槽には一匹の人魚がいた。

 

 つやつやの長い髪。濡れて光るような白い肌。身体はひどく痩せていた。腹から下は魚の姿で、ゆらりと優美にたゆたっている。顔かたちは顎が細くとがって、黒目がちのぱっちりした瞳をしていた。

 よく見れば細かいところは人とは違う。

 指の先には爪がない。表情に乏しい顔をよく見れば、乏しいはずだ、眉がない。魅力的な弧を描く小さな口には、尖った歯がびっしり生えていた。

まばたき一つせず、尾ひれをゆらゆらさせながら、じっと雛子を見つめている。

 見ているとなぜだか寒気がした。

あの丸い目が雛子ではなくて、もしもこちらを向いたらと思うと、すぐにでも逃げ出したい気持ちになった。

「だいじょうぶよ、ユキちゃん」

 私の手の隙間に滑り込ますように、雛子は優しく手を握ってくれた。細っこくてやわらかな手だ。もう一度「だいじょうぶよ」とささやく。すると、不思議と何も怖くない気になった。

 私をその場に待たせ、雛子は一人で扉の向こうに行った。

すると猪瀬のおじさんがすぐに扉を閉め始めた。

「何をするんです。目の届くところにいさせてください」

 私は慌てて抗議したが、彼はにやにやと嫌な笑いを浮かべるばかりで、取り合おうともしなかった。堂々たる体躯の大男に腕ずくでかなうはずもなく、せめてもと思い雛子の後を追おうとすると、苦もなく突き飛ばされてしまった。ひっくり返って床に背中を打ち付け、息が詰まった。

「――雛ちゃん! 」

 少しずつしか動かない造りなのか、扉はゆっくりと閉まっていった。

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