鏡の水、雨の中 肆

 首都から流れてきた占い女について、僕が知るだけでもいくつかの噂がある。


 曰く、首都では政界や財界の重要人物を幾人も客に持ち、羽振りよく暮らしていたそうだ。

 曰く、商売繁盛につれてあちこちから恨みを買い、身に危険が及ぶ前に商売を畳み、一人娘を伴って生まれ育ったこの土地に戻ったのだそうだ。

 曰く、父親知れずの娘の顔は客の誰それに似ているだとかいないとか。

 

 噂は下世話であればあるほど早く隅々に行きわたる。どうせ人から人に伝わる途中で金魚のようにたっぷりと尾鰭を付けたに違いないと思っていたのだが、半分くらいは本当の話なのだという。当事者が言うのだから、そうなのだろう。

「ユキちゃんとお呼びしていいのかしら」

 ここらではお嬢さま御用達として有名な、女学校のセーラー服を着た一人娘が言った。

 雛子の家からの帰り道だ。セーラー服と楽しそうに遊んでいるものだから、早めに帰るつもりで暇乞いをした。勝手口を出ると、見計らったようにセーラー服が追ってきた。雛子の客人に僕が不機嫌な顔をするわけにもいかず、持てる愛想の限りを集めてゆっくりと道を歩いている。

 真っ直ぐな路地を十分も行けば、賑やかな表通りに出る。僅かな間の辛抱だ。彼女は酔ってでもいるような定まらない足取りで、黒いスカートがゆらゆら揺れる。


「どうぞ、なんとでも呼んでください」

「違うお名前も知っているのよ。外ではそちらの方が良いのではないの?」

「どちらでも。お好きなほうを」

 

 どうせ呼ばれる機会もない。そう言外に込めたつもりが、セーラー服は余裕たっぷりに笑って、「私ね、あなたのようになりたかったの」と言った。


「あなたのように、あの子の相手をしたかった。傍にいてあの子を見つめたかった。この世には特別なものがあるって、肌で感じてみたかった」


 笑っている――と思ったが、よく見ると目だけが笑っていない。

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