私たちの雛ちゃん

桐谷はる

お手玉、赤い花

 私の家は怪物を飼っている。


 先祖代々受け継がれてきた、一番大切な宝物だ。いつからいるのかはわからない。どうして私たちのものになったのかも知れない。戦中は彼女の身を守るため、家財を惜しげなくばらまいて国中ありとあらゆる場所を疎開してまわっていたという。

 怪物はきれいな女の子の姿をしている。

 見た目の齢は十三かそこら、やせっぽちの手足を上等の着物で包み込み、遠目に見ても花が咲いたように目立つ。つやつやと光る長い黒髪。蝋でみがいたような白い肌。薄暗い縁台に腰かけて、何やら小さな声で歌いながらお手玉をしている。

 ほわん、ほわん、と赤い球が跳ねる。

 小豆や米を入れた端切れ布ではない。何か小さな綿を丸めたもののようだ。ごく軽いものらしく、投げてもなかなか落ちてこない。透き通るような白い指が、赤い球を受け止めてぽいぽいと投げる。

 私はそっと息を吸い、少し止め、静けさを破ってしまわぬよう細心の注意を払いつつ、彼女の名前を口にした。

「こんにちは、雛ちゃん」

 少女はふわりと顔を上げ、こちらを認めてにっこり笑った。

「まあユキちゃん、いらっしゃい」

 赤い球を全て手のひらに受け止め、足元の鉢植えにぽいと放り捨てた。赤い球はふわふわと散らばり、小さな植木のあちこちで留まった。

 近寄ってまじまじと見つめれば、赤い球はあざみの花だった。

 ついさっきまでお手玉になっていた小さな球が、紛れもなく植物となっていた。種も仕掛けもわからない。私はうっとりと彼女を見つめ、夢のようなその容姿を深く心に刻み込んだ。

「ユキちゃん、今日はどうしたの?」

「ええ、お花見にお誘いしたくて。よければ今夜にでもご一緒しませんか」

 雛子は嬉しそうににっこりした。

「ねえユキちゃん、当ててみようか。人喰い桜。そうでしょう?」

 やっぱり手に負えなくなっちゃうと思った、と明るく言う。どこから聞いたか知らないが、おそらく誰も言わずとも、この子供は大抵のことを知っている。

「いいよ、雛子が食べてあげる。ユキちゃんがそう言うのなら」

 塩漬けにして桜湯にしようね、と目を細める。

 とびきりきれいな私たちの雛子ちゃん。

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