12

 キッチンの下の調理器具収納用の棚を開くと、料理など殆んどしないであろうに切れ味の鋭そうな包丁が一本備えられていた。


 刃こぼれしていない。


 包丁を引っ提げ園田に近付くと、口の中から舌を指で摘まんで引っ張り出し、包丁で切り取って布団の上に投げ捨てた。


 園田が不良品のアンドロイドにしか見えなかった。


 今度はぺニスを切り取った。

 次は目だった。

 抉り出すと布団の上にコロンと放った。


 園田は機能を奪われ、尾形に完全に支配されるアンドロイドと化した。


 尾形の耳は一切の音を遮断した。


 まだ醜い。

 醜く過ぎる。

 どうしたら美しく変えられるのか。

 思案した。

 

 人の言葉が届かない、不要な両耳を切り取った。


 園田の指が尾形の身体に触れた。


 手首を掴み布団の上に縫い付けるように固定し、愛美を汚した五本の指に刃を当て一気に押し切った。


 もっとカスタマイズしなければ。

 そう思った。

 バランスが悪い。


 尾形は左手の指も全部切り落とした。

 園田こそカスタマイズすべきなのだ。


 少しはマシに変える為のやむを得ない措置と思った。

 見た目はそれなりにマシになった気がした。


 だが美しくはない。

 もしかしたら中身は美しいのか?


 アンドロイドを人間に近付けるのではなく、人間をアンドロイドに近付ける方が余程良い政策に思えた。


 園田はピクリとも動かなかった。


 心臓に手を当てて見ると鼓動が伝わってきた。

 命を伝えるものであるにも関わらず、胸には何も響かなかった。


 尾形の胸に強烈な痛みが走り、胃の底から吐き気が込み上げ嘔吐した。


 血とゲロ。


 何という醜悪な組み合わせだろう。


 自分の手が透けて見えて意識が一瞬遠退いた。


「まだだ。まだ終わっていない──」


 尾形は歯を食い縛り意識を保った。

 まだまだカスタマイズしなければ。


 園田の胸から腹まで切り開く。

 卑小な体内に詰め込まれた沢山の臓器。


 どれ一つとっても無駄がなく、その一つ一つが人を動かし生きる為に必要なもの。


 人工的な物では有り得ない生き生きとした色。

 艶やかな照り。

 複雑な機能。


 アンドロイドが如何に精巧になろうとも、中身まで真似る事は絶対に出来ないだろう。


「いや、こいつは人間じゃない」


 自分に言い聞かせながらも尾形の瞳からは涙が溢れ、妻の名を何度も呼んだ。


「綾乃──綾乃──」 


 手にした腸は生温かった。

 そこに生命を感じた。

 頬に寄せるとぬるりと血で滑った。


 人が人を産み出し大切に育んでいく。

 だが、守るべき生命を破壊するのもまた人間なのだ。

 

 肝臓も腎臓も胃袋も心臓も取り出し布団の上に並べた。


 一番大事な事に気付き、園田の額に刃を当て切れ目を入れると、蓋を開けるようにパカッと頭を開いた。


 ピンク色の脳味噌があった。


 脳味噌を直に見るのは初めてだったがやはり美しいと感じた。


 尾形の手から包丁がポトリと落ちた。


 完全に機能停止した園田を壁に寄り掛からせ座らせる。


 切り取った舌を園田の脳の上に乗せた。

 脳と舌との連動が、園田の場合上手くいっていないと考えたからだ。


 目玉は、だらんと垂れ下がる指の無い手の上に。

 両耳は他者の言葉に耳を傾けられるようにと脳の上に。


 十本の指は膝の上に綺麗に並べて置いた。


 後は臓器だった。


 試行錯誤した上で、切り開かれた空っぽの体内に腸以外は戻したが、本来の位置とは変えてみた。


 最後に長い腸を首にグルグルとマフラーのように巻き付けた。


 完成した。


 尾形は大きく息を吐き、腕に装着したバンド型デバイスで園田を撮影した。


 この国中に拡散させる為である。


「パパ……」


 愛美が、怯えた瞳で自分を見詰めていた──





 





 

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る