11
部屋の中にいたのは、ぬいぐるみを抱き締め頬笑む三人のあどけない幼女達だった。
スカートを揺らして園田に駆け寄ってくる。
「おおーーよしよし!俺の天使ちゃん達」
園田は幼女達を抱き締めるとズボンのチャックを下ろし、ブリーフごと一気に脱ぎ去り下半身を露にした。
「さあ、天使ちゃん達の大好きなキャンディでちゅよー」
────
「首相に会いに参りました」
尾形は首相官邸に隣接する公邸のゲートの前のインターフォンを押しそう告げた。
官邸に隣接するとはいえ、公邸は首相の私的生活空間である。
官邸側なら付与されているIDですんなり入れるが、公邸に足を踏み入れる為にはアナログな方法しかない。
彼は主に「幼児型アンドロイド所持禁止法」の施行を、園田に思い止まらせる必要があると考えていた。
今なら、まだ間に合う。
園田は尾形の事を全く警戒していない。
ある意味、舐めているのだろう。
尾形は邸の応接間に通され、暫し待つようにと言われたのでソファに腰掛けた。
約束の時間より、少し早く着き過ぎてしまったようだ。
アンドロイドのメイドが紅茶を運んできた。
園田は余程アンドロイドが好きなのか、部屋に通されるまでの間、人間の姿を一切見掛けなかった。
いや、アンドロイドが好きなのではなく、人間が嫌いなだけなのか。
ガラス製の天板に置かれた大倉陶園ブルーローズのティーカップを手に取り、紅茶を口に含むとフォートナム&メイソン厳選茶葉の香ばしい薫りが鼻を抜け緊張を解してくれる。
全く反論出来ず、従うばかりという状況は変えなければならない。
園田は根っからのボンボン議員で、苦もなく首相の座に着いた為に国民感情に疎い。
政治家として、とことん無能なのだ。
そんな彼の政党に投票してしまう国民も国民だが、徐々に独裁の傾向を強め、政府批判をする者がいないか監視しているという噂は都市伝説ではないと弁えている。
チッチッチッチッチッチ──
尾形の耳が細かく刻む秒針の音を捉えた。
ふと、音の方に目を遣る。
シンプルで飾り気の一切ないアナログ時計。
高級な調度類で飾られた応接間の中で、そこだけが切り取られたように浮いていた。
尾形の目が壁掛け時計に釘付けになった。
今時珍しいと思ったからではなく、秒針は動いているのに、長針が進んでいるように見えなかったからだ。
秒針の音はするのに時を止めた時計の針は、3時16分を指していた。
約束の時間とは大幅に擦れている。
秒針の音に急かされるように、尾形は突然立ち上がった。
座り心地の良いソファに身を沈め、アールグレイクラシックの薫りに癒され、寛ぎながら園田を待つべき状況ではある。
だが彼はそうしなかった。
部屋を出ると広い廊下を進み、園田の姿を探し始めた。
恐らく書斎。
尾形は書斎と目星を付けた扉のノブをノックもせずに回した。
この公邸の内部全体が、随分とアナログな造りである事を、特段不思議とは思わなかった。
書斎には誰もいなかった。
尾形の目玉がアンドロイドのように作り物めいた動きで部屋中四方八方を探索し、一つの異常を発見した。
壁の一部に微かなズレが生じ、隠し扉の存在を物語っていた。
胸中がざわめいた。
直感が進めと命じてくる。
尾形は隠し扉を開けて中に入った。
これまた古めかしい鉄階段が下まで続いている。
一段降りるごとに尾形の胸が深海に潜る時のように圧迫され、息苦しさを覚えた。
一番下まで降りると、更に扉があった。
「鍵穴……」
ノブに手を掛け、尾形は静かに回した。
汗とゴミが混ざったような独特の匂いが先ず鼻についた。
履き古した男物のサンダル。
日光で色褪せたカーテンは閉めきられており、そのせいで内部全体が薄暗かった。
荒い男の息遣いが奥の部屋から聞こえてきた。
尾形の身体が緊張で強張り、慌ただしく靴を脱ぎ捨て部屋に踊り込む。
そこで目にした光景に愕然とした。
「愛美……」
娘の愛美が、猥褻な奉仕を園田にさせられていたからだ。
「俺の娘にーー」
「ちょ、ちょっと待て!冷静になれ!これは君の娘じゃない。よーっく見るんだ。良く似てるけど只のアンド──ぐげえ……」
下半身を丸出しにしながら言い訳する園田の顎を蹴り上げた。
よろめく園田に飛び掛かると馬乗りになって殴り付ける。
園田の鼻が潰れ、吹き出た血と折れた歯が薄い布団の上に散った。
「……ア……ド……イド……アン……ロ…ドおぉ」
震える指が許しを乞うように愛美を指す。
そこにいるのは愛美とは別のアンドロイドなんだと訴えたいのだろう。
だが、どう見ても愛美だった。
袖にフリルの付いたピンクのTシャツに白黒のチェックのスカート。
あれは愛美の洋服だ。
悪趣味な事に愛美にわざわざ似せたセクサロイドを造り、同じ洋服まで着せて猥褻な行為に耽っていたというのか。
亡くなった後まで愛美は冒涜されなければならないのか。
目の前が一瞬暗くなり、理性が真っ赤に弾け飛んだ。
「下衆野郎ーー」
尾形は絶叫し、園田の鼻と口に拳を何度も振り下ろした。
完全に我を忘れ逆上していた。
「お前が変われよぉーー自分で変われねえんなら、俺がカスタマイズしてやるよ! 」
顔を上げた尾形の視線が部屋の隅にある一畳程のキッチンに止まった。
ゴボゴボと口から血と涎を垂れ流す園田から離れ、薄汚れた部屋の中で唯一ピカピカのガスコンロの前に立つ。
シンクには食べカスと僅かに汁の残ったカップラーメンの容器が放置されていた。
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