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差別を差別とも思っていない人間に、それは差別だと気付かせる事は非常に難しい。
それをする人間は、差別ではなく常識的発言として捉えているからだ。
産まれた時に既に社会の形は決まっており、それは時と共に変化していくが、過去から踏襲されてきた常識という枠組みに多々潜む理不尽さに気付かず、差別される側も当然として受け入れてしまっているという現実もあるのだ。
様々な理不尽さに慣れてくると、それを人は常識として認識してしまう。
園田こそ、「男とはそうしたものだ」と植え付けられたアンドロイドのように思えた。
しかし──
『お前と一緒にするな』
という言葉を尾形は強引に呑み込んだ。
──────
「では、問題については十分に話し合われ、対策は練られたとして、今日決まった法案を作成して議長に提出しよう。成立すれば、この国は美しさを取り戻すに違いない」
尾形なりに言葉を尽くしたが、残念ながら園田は真っ当な思考の持ち主ではない。
正論が通じる相手ではなかった。
この儘では園田の思惑通りに進み、穴だらけの新法は成立してしまうのだろう。
園田に対して抱く以前からの靄々は形を成さない儘、胸中で増殖する雲のように膨れ上がっていた。
この儘でいいのか。
その思いが中々発露しないのは、自身が上級国民として守られた立場にいるからだろう。
政治家一族として当然のように敷かれたレールの上に乗ってきた。
人と争う事なく手に入れた今の立ち位置。
自分に禍が及ばなければ大きな力に逆らう事はない。
当にそれだ。
だが胸に沸き起こる、この不安は何だ。
園田に異を唱えず、アンドロイドのように従順に振る舞っていれば地位も家族も守られる。
例え愛美に良く似たアンドロイド達が回収され、無残に解体されて作り替えられたとしても、それは愛美ではないのだ。
空き地に散らばる無残な幼女型の映像が強く脳裏に浮かんだ。
突然、頭痛を覚えた。
あれは愛美ではない──
そう言い聞かせても胸が痛んだ。
「パパ、お願い。お友達を助けてあげて」
愛美の声が聞こえた気がした。
彼は漸く、自分の感じた違和感と苛立ちの正体に気付いた。
法とは、善良な国民が安全で健全な生活を営む為のものではないのか。
それを脅かす者達を罰し管理する為のものではないのか。
それなのに、被害を受ける側の自衛ばかりを要求する。
「殺された」のは、たかがアンドロイドだろうと言うが、対象が人間でも同じ事ではないか。
人並みの感情があれば、人と変わらぬ容姿で豊かな表情を持ち、親しげに言葉を交わし痛みも悲しみも訴えるアンドロイドに暴力など振るえるものか。
況してや無垢な幼児型に対して──
そうした事が出来る者達は、当に相手を只の人形としか見ていないのだろう。
ならばアンドロイド達に対する暴虐非道は、「何をしても罰せられない」と過信すれば、人が如何に醜悪な欲望を曝け出すかという教訓でもあるのだ。
「女性達よ!命を育め!」などと無責任なスローガンを掲げる癖に、肝心の女性や子供に対する加害者の管理が甘過ぎる。
人権侵害だの更正の妨げになるなどと言ってGPSを着けさせる事を躊躇い、ワイセツ教師の資格を剥奪しないどころか情報共有もせず、未来ある青少年達へのワイセツ行為を繰り返させている。
増加する虐待に対しても生温い対策で、救える命を見殺しにしている。
一人産み、守り育てる事がどれだけ大変か。
一人の命が失われる事が、どれだけ多くの者の人生を変え、社会全体に不安を齎すのか。
一人の加害者により多くの犠牲者が積み重ねられていくというのに──
本来取り締まりを強化し作り替えられるべきは加害者共であるべきだ。
自分達は何も変わろうとはしないのか。
尾形は拳を握り締め立ち上った。
無駄に笑い、空気ばかり読む。
そんな自分に別れを告げるべく──
─────
園田は地下室に通じる扉を開いた。
壁と同化するように隠された扉の先にあるのは、園田が唯一只の男に戻れる場所である。
最後の扉には非常にアナログな事に鍵穴があった。
今時このような鍵が取り付けられているのは園田の秘密の部屋だけであろう。
カチャリと鍵を差し込みドアを開けると、男物の地味なサンダルが玄関のたたきに一足だけ置かれていた。
奥の部屋は六畳一間の畳敷で、遥か昔、この国にあった木造アパートの間取りに酷似していた。
中央には一組の布団が、朝抜け出した儘の乱れた形で敷かれていた。
「キティちゃん、プリンちゃん、メロディちゃーん」
園田の顔が紅潮し、声が裏返る。
「廉ちゃん! 」「廉ちゃん! 」「廉ちゃん! 」
幼児特有の可愛らしい声が答えた。
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