第5話 炎に群がる虫たち

 会議での話し合いからしばらくして食堂にやってきたノア達。食堂にはすでに多くの騎士隊員で賑わっていた。


 大きな長机が並ぶ列の一番奥、空けられている前席へと歩いていく。何食わぬ顔で歩く四人に注目が集まる。四人が席に着くと、その様子を見たセパルが合図を出して全員を席に着かせた。


 静まる中、会議室での話し合ったことをカトラーは詳しく説明した。


 それに続いてノア達の紹介が入る。カトラーの呼びかけに代表としてダリアがその場で立った。


「初めて顔を合わせる者が殆どだと思う。俺は主に、アリアベル様が通う学院周辺の見回り調査を任された、ダリアだ。よろしく頼む」


 ダリアは一度軽く頭を下げる。


「そしてアリアベル様の護衛に就くノアだ」


 ダリアに手を煽られ、ノアはしぶしぶ立ち上がり礼をして座った。


「王室の敷地内の見回りと、騎士隊員皆の訓練を定期的に指導することになったドーマだ」

 

 次はドーマが立ち上がって礼をする。


「最後に王室との関りを持つ商業者、国外の関係者も含め調べることになったリージアについてだが、先程カトラー団長の話にあったことで最重要となる事項をもう一度説明させてもらう」


 以前、隊員たちは好奇心を含んだような目で四人に食いつくように見ていたが、全員が真剣な眼差しに代わりダリアに注目する。


「毒を持つ植物についてだが、見つけた時はすぐに取り除くこと。もし毒を受けてしまったら必ずリージアの元へ行くように。魔界の植物は全てが有害な毒を放つ。どんなに小さな傷でも油断してはいけない。その時に何の症状が出なかったとしても放置すれば最悪死に至ることもある。だがもしも何らかの理由でリージアにすぐ見てもらえない場合は俺たち三人の誰でもいい、近くで見かけた時は負傷以外の問題が起こった時でも気軽に声をかけてくれ」


 ダリアは最善の注意を払った。そうすることで隊員はより緊張感を持つ。それと同時にダリアは四人全員が全力で力を貸すことを表明した。


 ダリアが話終わるとセパルが最後に言葉をかけた。


「明日からも皆、気を引き締めて仕事にあたるように。これにて話は以上とする。各自で自由に食事をとってくれ」


 カトラーが歩いて席に着くと、それまで静かだった辺りが賑わいだした。


 ノア達の近くに座っていた隊員が話しかけてきて会話をしながら食事をとっていると、急いで食事を終わらせたのか遠くにいた隊員も声をかけにやってきて更に賑やかになった。


 どれくらいたっただろうか、ひとしきり話し終えてから四人は食堂を後にした。部屋に戻る廊下を歩いていく。


 ふとダリアがノアの隣で呟いた。


「今回の依頼、乗り気じゃないみたいだったしちょっと不安だったんだけど。余計な心配だったな」


 ダリアの言葉に一息ついて言った。


「最近じゃあ屋敷にも新しく人間が入ってくることも増えたからな。少しずつ慣れて来てるってのはある」

 

 ダリアは感心したように深く頷いている。


「へぇ、そうか」


 ドーマとリージアも同じく感心しているようでノアに一言聞いた。


「じゃあアリアベル嬢とも上手くやれてるんだな」


 ドーマの言葉にノアは頷きはしなかった。


「まぁ……」


 アリアベルとは仕事の話以外の会話は一切なかったが、唯一帰りの車内でアリアベル自身についての話を聞くことができた。肝心な部分は聞き出せなかったがシリウスの態度が一変するということは、それほどの問題かあるいは事件があったということに違いない。


「ノア?」


「……あいつは何となく、自身を偽って取り繕ってるように思える。過去に何かあったんだろうが、かなり深い溝がありそうだ」


 ノアの勘は鋭い。ノアの性格からして、アリアベルのことは護衛として身を守ることだけを考えてるのだろうがそう見せつつも周囲をくまなく観察し、相手の微妙な表情の変化も見逃さず心理を読み取る。


 ノアの話を聞いてダリアは安心していた。


 確かに、将来国の頂点に立つ人物同士が問題を抱えてるという点は由々しき事態かもしれない。種族も違っていて普通ならノア達にとっては何の問題にもならないことだ。だがそれでも、嫌っている種族でも関係なく人間であるアリアベル自身のことをよく見ている。


(このまま上手くいって、人に対して嫌悪が無くなればいいんだけどな)


 ダリアは思うばかり。他人との関りで溝があるのはノアも同じことだから。


 何も言わなくなったダリアにノアは不思議そうにしていたが、からかうような笑みをしているダリアに気付いてそれ以上は口にしなかった。そうこうしているとノアの部屋まで着いた。


「じゃっ、また明日からもしっかり働くぞ! ゆっくり休めよ」


 ノアが部屋に入ってから三人もそれぞれの部屋へ入っていった。



 夜が明け太陽が昇る。

 

 一斉にそれぞれの仕事場へと忙しなく動き出す。ノアはアリアベルと学院へ、後からダリアが出ていく。ダリアの飛ぶ姿に目を取られつつ隊員たちはドーマと共に訓練に励んだ。


 それから数時間後、訓練を終えてからは王室内を見回り、リージアは書庫室で調査を進める。


 

 調査を進めて一日目、二日目と日が経っていく。


 それでも毎回有力となる情報を得られることはなかった。



 そんなある日、学院でノアはシリウスの動きを見張っていた。特に目立つようなところはなかったが、度々ある一人の女生徒会っては楽しそうに会話する場面を何度か目にするようになった。

 

 その女生徒は図書館でアリアベルとシリウスの二人がいるところに出くわした女生徒で、会話の最中にシリウスがメグと呼ぶのを聞いていた。


 木々の下で楽しそうに会話をする二人を見ているノアの背後には、距離を置いてちょうど対面するようにアリアベルのいる図書館がある。どうやらアリアベルの近くにはもう一人の気配があり談笑しているようで、時折かすかに笑い合う声が聞こえていた。声からして一緒にいるのは友人のフィリーシャだ。


 図書館で本を読み終えたアリアベルは、フィリーシャと共に立ち上がると本を戻し廊下へと出た。廊下を歩いていると後ろからアリアベルを呼ぶ声が聞こえた。アリアベルが振り向くとそこにはこちらへ走ってくるカリアーナの姿があった。


「まったく。まーた走ったりして。カリナ様ったら本当に慌ただしいわね」


 フィリーシャが溜息をつくとカリアーナは誤魔化すように笑った。


「それだから先生に呼び出されたりするんですよっ」


「別に怒られたわけじゃないですよぉ! 今日は当番の日だから手伝いを頼まれただけですぅ!」


 頬を膨らませながら言うカリアーナを見てアリアベルは笑った。


「あなたはいつ見ても元気で明るいわね」


 アリアベルに言われて照れながらもカリアーナは聞いた。


「今からどこへ行かれるんですか?」


「庭園に。新しい花が植えられたと聞いたので散歩がてら見に行こうかと話していたところです。一緒に行きましょう」


 アリアベルの言葉にカリアーナは嬉しそうに頷いた。


 三人が楽しく話しているとその時、アリアベルはいきなり背中を押された。バランスを崩すが咄嗟に手を出して支えてくれたフィリーシャのおかげですぐに体勢を戻した。そして背後から高い声が聞こえた。


「あらぁ、申し訳ございません。こんな道のど真ん中で立ち止まってお喋りされてたものですから当たってしまいましたわ」


 背後からぶつかってきたのはカルーザ子爵家の娘、アリシアだった。


 アリシアの後ろには三人の女生徒が立っており、ぶつかった個所をさするアリシアに寄ってたかった。


「アリシア様大丈夫ですか? お怪我はございませんかっ」


 声をかけられる中アリアベルを睨みながらアリシアは三人を宥めた。


「大丈夫ですわ。ですがアリアベル様、王族の人間たるもの周りへの迷惑になる行動はわきまえているはずですよね? 今後はもう少し気を付けていただけませんか」


 ぶつかってきたのはアリシアでありながら、あまりの物言いにフィリーシャとカリアーナは腹を立てた。


 確かに廊下で立ち止まってはいたが端によって邪魔にならないように十分な間隔は空いていた。その時他に人はおらず三人の横を問題なく通り過ぎることができたはずだ。


 アリアベルはアリシアに向き合い、背筋をまっすぐ正して言った。


「申し訳ありませんでした。以後気を付けます。ですがこれほど幅の広い廊下で余裕があったにも関わらず、人がいたことに気付かなかったというのはかなり視力が悪くなられているのではないですか? もしそうであれば、そのままにしている方が危険です。事故を起こす前に病院へ行ってお医者様に診てもらってはどうでしょう」


「なっ……!」


 淡々と言うアリアベルを周りの皆は何も言えずただ見つめていた。


 アリシアが顔を赤くし言葉を詰まらせているのを余所に、アリアベルはフィリーシャとカリアーナを連れて庭園の方へ歩いて行った。




「ふふふ。相変わらずお強いですねぇ、アリア様って! あんなことを即座に冷静に言えちゃうんですものっ。聞いてて笑っちゃいそうになりましたよぉ」


 カリアーナが笑いながら言い、フィリーシャもそれを聞いて笑いながら頷いた。


「でも、私達もなんだかすっきりした気分ですよ」


 アリアベルも笑みを浮かべた。 


 実際のところはアリアベルとアリシアの関係は軽い話ではない。


 アリシアはアリアベルたちが二学年に上がって間もなくしてから態度が変わり、以前はほとんど関わることもなかったのだが今ではアリアベルに対して高圧的な態度をとるようになった。

 

 気にしないようにしていたが、先程の様に向こうから来られると嫌でも気にしてしまう。


 早く気を紛らわせようと歩き続け、庭園に差し掛かる手前までやってきた。いざ庭園に入ろうとした時、低い声に呼び止められた。


 声をかけたのはアリアベルの教室を担当するイラン・カルロス教授だった。


「いきなりで申し訳ないんだが、さっきここに来る前アリアベル嬢のことを探している生徒がいたぞ」


「私を?」


「あぁ、あまり見ない顔だったから俺が請け負ってない教室の生徒だと思う。音楽室の前で聞かれたからちょっと行ってやってくれないか?」


 アリアベルは頷いて返事をした。


 アリアベルは二人に向き直して急用が入ってしまったことを告げて一言謝った。


 カリアーナは残念がっていたがフィリーシャが了承し、アリアベルは音楽室へと向かった。


 教室を通り過ぎた奥の方に誰か立っているのが見える。近づいて行くうちに相手の顔がはっきり見えてくる。


 呼び出したのはノアだった。珍しいことに戸惑いながらも話しかけた。


「何かあったの?」


 ノアは言った。


「庭園にはいくな」


 初めて呼び出されて一体何かあったのかと一瞬思ったが、ノアの一言の意味が分からなかった。


「何か危険なことでもあるの?」


 アリアベルの質問にノアは言った。


「今庭園には、メグという女とシリウスが二人でいる」


 メグとはマーガレットの愛称のことだ。マーガレットはシルギータ男爵家の令嬢である。


 その言葉を聞き、アリアベルの頭の中は真っ白になった。


 アリアベルはメグと聞いてそれがマーガレットのことだと一瞬で分かった。


 図書館で会って以来、シリウスに話しかけるマーガレットの姿を見ており今ではシリウスからマーガレットを誘って図書館で本を読んだりしているようだった。


 マーガレットは笑顔が明るくおっとりしていて天然な部分もある少女で、一部の男子生徒は秘かに想いを寄せている者もいる。


 マーガレットには婚約者がいないため、一人の男子生徒と恋仲になることは問題ではない。

 

 だがマーガレットは別としてもシリウスにはアリアベルという婚約者がいる。婚約者を持つ者が他の令嬢と二人きりで会っていることは無視していいことではなかった。

 

 それをノアが間に入ってアリアベルを二人の元から遠ざけたことで、周囲からも自身を蔑ろにされている様に思えてならなかった。


「そう……。私に二人でいるところを邪魔するなと注意したかったのね? それなら分かったわ、庭園には行かないから。戻るわね」


 悔しい。言い知れぬ苛立ちに奥歯を噛み締めた。顔を見られたくなくてすぐに立ち去ろうと視線をそらしたが、ノアに腕をつかまれ止められた。


「待て、そういう意味で言ったんじゃない」


 ノアは手を離すと続けて言った。


「人間の感情を知ろうとは思ってないが普通、こういう時はあの男を想うお前にその場を見せないようにするべきなんじゃないのか」


「っえ?」


 アリアベルは目を丸くした。アリアベルを庭園に近づかせなかったのはノアなりの配慮だったのだ。


(私のことを気にかけてくれてる?)


「それでも行きたいなら止めないが、行くのか?」


「あっ、いや、行きたいなんてことはないけど……」


 ノアの問いにアリアベルは言葉を詰まらせ困惑する。


「行かないならもういいだろ。それより一つ聞きたいんだが、庭園に向かう前にお前と接触したのは誰なんだ?」


 あまりにも話がすんなり終わった。呆気に取られるがアリアベルはアリシアのことをノアに話した。


 話し終えるとノアは分かったとだけ言うとどこかえ歩いて行ってしまった。


(本当、あの人ってよく分からないわ……)






 その後、しばらくしてから二人は王室へ帰ってきた。いつも通りダリアが戻ってくるとリージア、ドーマも集まり近況報告を行った。


 話し合いが終わったあと、ノアは王室内を一人で歩いていた。通路を抜けると階段があり、階上の壁にある大きなステンドグラスの窓からは夕陽が鮮やかに照らしている。


 

 アリアベルを初めて眼にした場所。


 思い出し、ぼんやりと眺めていると不意に横から名前を呼ばれた。


「ノア様? 何かお困りですか?」


 声をかけたのはベルタだった。


 ノアはベルタを見つめる。


「どうかしましたか?」


「お前が侍女としてアリアベルに就いたのはいつからだ」


「私ですか? お嬢様が六歳の時からお仕えさせていただいてます」


「お前から見てアリアベルはどんな人間に見える」


 ノアの問いかけにベルタは真剣な表情になる。どういうつもりで聞いているのか、大体察しがついたのだろう。


「アリアベルお嬢様はとてもお優しく、気高い志を持っておられるお方です」


 ベルタは言った。


「昔からお嬢様は裏表のなに性格で気が強く、自分より年上の方に対しても堂々と振る舞い発言される方でした。ですが周りはそれをよく思われない方もいて、影で悪く言う者もいました」


「例えばどんなのだ」


 ノアの質問にベルタは眉をひそめる。


「……我儘な高飛車娘と言われたり、ありもしない悪い噂を流されたり。ほとんどが悪口ばかりです」


 大人たちが話すことで間違っていると思ったところはすかさず指摘したりしたアリアベルは、自分よりも世間を知らない小さな子供に口を挟まれ、それも核心を突く物言いに逆上した大人たちに影で悪く言われるようになった。


 そのせいで他の貴族からも良く見られず、もちろんそんな大人の言っている言葉となれば子供たちも鵜呑みにしやすいだろう。同い年の子供も悪く見る一方で、王家の娘という肩書に恐れるもアリアベルのことを悪の令嬢として扱った。


 そんな周囲の批判にも屈せずに自身の志を目指し日々努力してきたアリアベルをベルタはずっと見守ってきた。


「お嬢様は周りからどんな見られ方をしようと気を緩めることなく強い意思を持つようにされていますが、それでもお嬢様だって女性なんです。どれだけ外見を装うと心は傷つきます。人前では晒さないだけで一人で抱え込んでいるんです」


 ベルタの眼に哀しみが滲んでいるのが分かる。きっとベルタは過去にそういった場面を目にした事があるのだろう。


 そしてベルタはノアを見つめて言った。


「男性方はよく性格の悪い女だと言いますがただの当て付けです。よく知りもしないで勝手に判断しないでほしい思いです」


 感情的になっているベルタは悔しそうにいった。息を荒くしていたが言いたかったことを言えて気持ちが楽になったのか、呼吸を整えてからノアに謝った。


「あ、あのっ。取り乱してしまい失礼いたしました」


「いや、大丈夫だ。別に俺はあいつのことが気に入らなくて聞いた訳じゃない。俺自身がアリアベルを見ていて周囲への態度や対応の仕方に違和感を感じていたんだが、今の話を聞いて大体納得できた」


 ノアの言葉にベルタは安心した表情になった。


「そうだったんですね、良かった……。あ、すみません長話になってしまいましたね。私はそろそろ仕事に戻りますね」


 ベルタはそう言って頭を下げると歩いて行った。


 ノアはベルタの後ろ姿をただ見つめていた。日頃からアリアベルのことをずっと見ていたという訳でもないが誰かと接触しているときは注視してきていた。昼間アリシアと接触していた時、微かに二人の話し声が聞こえていたがその時の話し方ではかなり強めの口調になっていた。相手に負けじと振る舞うが故のことだったのだろう。そもそもアリシアはアリアベルが王族だということを知っていたにも関わらずあんな事をしたのだ。見下されないためにも強く言って対応せざるを得なかったのだろう。


 薄々勘付いていたことではあった。


 庭園に行こうとしたアリアベルを引き止めたのは、警戒視しているシリウスとあまり近づかせない方がいいと思ったからだったが、アリアベルが去ろうとした時に伝わってきた感情から咄嗟に出た言葉はノア自身も驚くような物だった。


 余計な事を考えていると気付いて頭を切り換える。


(シリウスのこともあるからアリアベルを一人きりにさせるのはあまり良くないか)


 それでもなんだか奇妙な感覚を感じ、深い溜め息をついた。


 











 











 

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