第3話 赤い炎の少女

 夜が過ぎ静けさに包まれる王室に日が差し始め、四人がそれぞれ部屋から出てくる。


「おはよう。薬の方は体に馴染んだか?」


「あぁ、少し違和感はあるが体はちゃんと人間になってる」


 リージアの言葉にノアは答えた。


 ノアはこれからアリアベルと共に学院に向かい、護衛をするにあたって他の者に人ではない事を気づかれないよう、前もって屋敷の医務室で働く仲間に薬を作ってもらっていた。


 今の時点でノアが使った薬は人間の姿になるものと、カモフラージュ薬の二つ。薬を複数同時に使用するときは注意が必要であり、魔力を多く消費して作られる薬は効力が強いため、同じくらい強い薬を飲むとどれか一つの薬の効果が効かなくなってしまう。そのため強い薬と弱い薬で上手く組み合わせないといけないのだ。人間になる薬は魔力が多く、カモフラージュ薬はその場に擬態して溶け込むことができる薬で少しの魔力で作れる薬だ。今回の潜入捜査は学院長と話をしただけで極秘になっているため、外部の人間が入ってくることを生徒と教授全員は知らない。そのため透明化できる薬の方が都合がいいとも思えたがバランスが悪くなってしまうためこの組み合わせに決まった。


 リージアが念入りに体の確認をする。


「見た目は問題ないな。一番気がかりだったノアの気配も……うん、うまく隠せてる。これなら大丈夫そうだな」


 リージアの話す隣でダリアとドーマもノアの姿をまじまじと見つめる。


「すごいな。人間になる薬なんてそうそう使う機会なかったけどこうも雰囲気が変わるもんなんだな」


 ドーマが呟く。


 ノアは真っ白な肌に暗黒竜の漆黒に輝く鱗を思わせる光沢のある髪の毛が背中まで伸びていて、いつもは結んでまとめていたがそれは首のあたりまで縮みくすんだ黒色に濁っていた。そして赤く光る眼光は枯葉のような茶色い瞳になっている。服装は学院指定の制服で体つきも一回り小さくなっているため、今のノアは少年そのものの見た目になっている。


「今の状態なら問題はないが本来の力を使えば効果の切れ始めが早くなるからな。低空飛行や少しの魔力量での攻撃なら学院にいる間の時間は持つだろうが一応注意しておいてくれ」


「分かった」


 リージアの忠告にノアは頷いた。


「とりあえず大丈夫そうならそろそろ広間に出ていよう」

 

 ダリアがそう言って他の三人も広間へ向かった。

 



 少し早い時間に広間へ出てきた四人の元へ、少し経ってから侍女がやってきた。


「おはようございます。お嬢様の準備がもうすぐ終わりますのでしばしお待ちください」


 ダリアは返事をしてからノアに言った。


「これから初の対面だからなんだか緊張するな」


 ノアは顔色一つ変わらない。まるで興味がないようだがいつも通りのノアの様子にダリアは安心した。


「お嬢様、こちらでお待ちです」


 侍女の呼びかけに反応して四人はその先へと視線が動く。何の反応もなかったノアの目が少女の姿をとらえた瞬間、わずかに見開かれた。階段から降りてくる少女をステンドグラスの窓から入る日の光が包み、肩まである真っ赤な波打つ髪がまるで炎のようにゆらゆらと揺れていた。


 少女はゆっくりとこちらへ歩いてくる。


「おはようございます。お待たせしてしまい申し訳ありません」


 少女は四人に頭を下げる。そして侍女が隣に立った。


「改めまして、私はアリアベルお嬢様にお仕えさせていただいているベルタと申します」


 ベルタは一礼すると続けた。


「お嬢様、こちらの方々がアシュタル王国から参られた方たちです」


 ベルタの言葉にダリアが続いた。


「お初にお目にかかります、俺はダリアと申します。隣に並ぶ二人は、ドーマとリージアです。三人が王室での調査の方を務めさせていただきます」


 ダリアが名前を呼ぶのに合わせて二人は一礼した。


「そしてこちらがノアといいます。彼が今日からアリアベルお嬢様の護衛につかせていただきます」


 ノアは特に何も言わず頭を浅く下げた。 


 アリアベルは短い間黙っていたが小さな声で返事をした。


「……よろしくお願いします」


 ノアの態度に気が掛かったのだろう。


「俺たち三人は残って陛下と一緒に騎士団の方々と一度話をしてから仕事にかかります」


 ダリアが何とか言葉を出すも誰も特に喋ることもなく、というよりもノアとアリアベル二人の空気からとても会話が弾むような状態ではない。少し焦るようにベルタがアリアベルに声をかけた。


「お、お嬢様。そろそろ学院に向かう時間ですので行きましょうか。ノア様もこちらへどうぞ」


 ベルタの案内で三人は移動した。ダリアたちは静かにその背中を見つめながら見送る。


 二人は車に乗り込み走り出した。車内で何も話さず静まり返る空気にアリアベルは耐えきれなくなりノアに声をかけた。


「あの……、あなた達って確かクラエル令嬢の屋敷から来たのよね?」


「あぁ」


 ノアは素っ気ない返事を返した。


「よく話では聞いていたんだけどやっぱり……」


 アリアベルは言いかけた途中で言葉を詰まらせた。その様子を見て、ノアは何を言おうとしたのかすぐに理解できた。


「俺らは人間じゃない」


 はっきりと言うノアを驚いた眼でアリアベルは見つめた。


「そう……。あの、私の護衛と言っても本当に危険な時以外は特に私の近くにいる必要はないから、調査の方を進めてちょうだい」


「もちろんそのつもりだ」


 一切こちらに視線を向けることもなく淡々と答えるノアにアリアベルは気まずそうにしながらそれ以降は二人とも話さなくなった。そうこうしている内に車が停車し運転手がドアを開けた。アリアベルは手を引かれ外に降りるとドアが閉められた。


 アリアベルは運転手に軽く礼を言って少し待つがノアが車から出てこない。


 不審にも思えたがアリアベルはそのまま一人で歩みを進め門をくぐって行った。運転手は戸惑いながらも見送りすぐに踵を返し車内を確認したが、そこには誰もいなかった。




(あの人はどういうつもりなのかしら……。あそこまでわかりやすくこっちを疑う態度で車からも出てこないなんて)


 一人で考え込みながら歩いていると二人の女生徒が駆け寄ってきた。二人はアリアベルと親しくする友人だ。


「おはようございますぅ、アリア様ぁっ」


「もうっ、カリナ様ったらまたそんなに走って! はしたないですよ!」


 最初に挨拶をしたのはヘルベール伯爵家の令嬢、カリアーナだ。そして彼女に注意をしたのはネルシュイ伯爵家の令嬢、フィリーシャ。三人は一学年の頃から仲が良く皆愛称で呼び合っている。


「二人とも、おはようございます」


「あれ、どうしたんですかぁ? なんだか浮かない顔ですねっ」


 カリアーナが言った。


 カリアーナは語尾が少し気の抜けた伸びる口調で話す癖があり、フィリーシャはよくそれを叱っていた。


 二人を見ていてアリアベルはいつも通りの光景に頬を緩めた。


「いいえ、何でもないわ。行きましょう」


 三人は歩幅を合わせ話をしながら進んでいった。





 そんな笑い声が聞こえるのを耳にしながら少し離れた木の上で、ノアは木の葉に身を隠しながら見ていた。元々耳が良いこともあり人間の体になってもその機能は活きていたため三人の会話もよく聞こえていた。


「カリナとフィーリー……。あの二人が一番親しい間柄ってところか」


 そこから辺りをぐるりと見渡し建物の構造からその場を歩いている生徒たちまで目を下した。ここに通う人間がどういった人間なのかをある程度見聞きして把握し、建物内でアリアベルの気配が認識できる範囲を確認していく。


(この敷地ならそこまで近い距離じゃなくても大丈夫そうだな)


人が少なくなっていきやがて鐘音が鳴り響く。いろんな所から木床の上を鉄で引きずるような音が響いたかと思うと一瞬で静かになった。誰かの話し声が聞こえる。どうやら鐘音がなると外を出歩く生徒が居なくなるようだ。それを理解したノアは次に建物の裏側を確認しに向かった。

 

 




 その頃王室ではアグリーのもとでダリアたち三人と騎士団の三人が顔を合わせていた。従者が間に入って騎士団の紹介する。


「こちらは我が王室の騎士団を取り締まり指揮をとっている団長のカトラーと、副団長のセパルです。そしてこちらが陛下の専属騎士のシンです」


 騎士団の後に続いてダリア達の紹介をし、お互いに挨拶を交わした。


「さて、顔合わせも済ませたところで本題に入るが、今回の調査でこちらが得た情報から今後、どうやって調査を進めていくか考えがあれば聞かせてもらえるか」


 そうアグリーが言うと従者が昨夜話した内容を改めて詳しく説明した。今まで何人かの騎士を学院周囲の見回りをさせたり、近隣の住民の聞き込みで調査していたことを話す。


 従者の説明が終わってから少し間を置いてダリアが言った。


「陛下、調査のことですがもう一度我々の方で学院周辺の見回りを行なってみようと思うのですが」


「あー構わないが、我が騎士団をもってしても調査には限界があった。それほど有力な情報を得ることができなかったんだ」


 アグリーの言葉にダリアは返す。


「先ほどの話でも聞きましたが学院の見回りを騎士に任せたのは何故ですか? 兵士がいるにも関わらず、兵士ではなく騎士に現場へ行かせたというのは少なくとも、犯人はただの人ではないかもしれないと疑ったからですよね。だから俺達を呼んだ」


 アグリーは暗い顔で溜息をついて頷く。


「そうだ。被害者の怪我をした傷口から微弱ではあるが瘴気を感じてな。今はもう傷跡も綺麗になくなって完治しているが、やはり瘴気を放つ者となると一筋縄ではいかないだろう。そのため修道院で修業を積んだ神聖な力を持つ騎士なら犯人を見つけられるだろうと思って任せたのだがなぁ……」


「クラエル邸に手紙が届いた時から想定はしていました。ただ犯人が弱い魔物程度ならいいんですが、悪魔や最悪死神が絡んでいたりすると力を持つ人に反応して姿を隠し、それに気づかず見落としてしまっている可能性があります。なので俺達でもう一度張り込みをしつつ手掛かりになるものが残ってないかを余す所なく隅々まで探す必要があります」


 ダリアの話をアグリーが聞く隣で騎士の三人も聞いているが、副団長のセパルは特に食い入るように聞いている。ダリアの話が終わった瞬間耐えきれなくなったように目を輝かせながらダリアに話しかけた。


「ニサ令嬢の噂は前から有名だ。やはり貴殿も人ではないのか?」


 ダリアは少し困ったように苦笑いしながら頷いた。


「人でないとしたら、一体……何なんだ?」


 その言葉にドーマが口を開いた。


「俺達みたいなのは普通、正体は明かさないものなんだ。そうして今までこの世界で生きてこれたんだ」


 ドーマの言うことにセパルは失礼なことをしたと慌てて謝って口を止めた。


 セパルは普段爽やかな笑顔の絶えない好青年の見た目だがそれに反して副団長に上り詰めただけありかなり血の気が多く、強者を目にすると自分より強いのかどうかを知りたくて力比べをしてしまうほど気が上がりやすくなる性格だった。そのせいもあり今自分の目の前に異種族の存在がいることで好奇心に煽られ我慢できずに言葉を発してしまい、行き過ぎた行動をとってしまった。


 謝るセパルにダリアは優しい口調で言う。


「まぁそういうことで俺たちのことを細かく教えることはできないけど、気にせず気軽に話しかけてくれないか」


 それを聞いてセパルは沈んだ表情をしていたが一瞬で緩み明るい声で返事をして頷いた。


 そこでカトラーが話を戻した。


「では改めて張り込み調査を行っていくということでよろしいでしょうか」


「うむ、良いだろう。では三人が見回りをしている間、騎士団の方では被害者や近隣住民の聞き込みを再度行うと同時に王室とかかわる他の国の情報調査にあてることとする」


「分かりました。では私達はこれから調査の準備に入ります」


「頼んだぞ」


 カトラーを先頭に皆はその場を後にした。通路を歩いている途中、リージアがダリアに近寄り話しかけた。


「今日はどうする? 今から全員で現場に行くか」


「いや、今日はとりあえず下見だけにしておこう。ノアも学院内の様子を確認してるだろうから俺達も一度様子を見るところから始めよう」


 ダリアはそのことをカトラーに伝えた。


「ドーマとリージアは残って俺が一人で下見に行ってくる」


「分かった。戻ってきたら俺たちが居る所へ案内するよう使用人に伝えておく」


 ダリアは外へ、二人は騎士団が使用している寮や訓練場などの施設の説明を聞くため移動した。






 












 

 


 

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