200:ヒルダの生い立ち~後編~

 ヒルダは、その後母親フランカとクヌートに抗議した。だが、それは無駄に終わってしまった。いやむしろ状況は悪化してしまったのだ。抗議はしたが、二人の態度は開き直っていた。ヒルダはこれ以上二人の為に、娼婦を続けるなどまっぴらごめんだと、二人の元から去ろうとしたのだが、結局クヌートの仲間である屈強で粗暴な男たちに捕らわれてしまった。

 ヒルダが逃げるくらいならばと、スラム街にあるギャングの一味に専属の娼婦にと売り飛ばされてしまったのだ。そして足首には脱走できないように鎖で繋がれ、逃げることは適わず、来る日も来る日も、男たちの慰み者になる日々を送ることになってしまったのだ。

 ヒルダも最初の頃は脱走を試みるも、鎖を繋がれていては結局逃げることは適わず、次第に心が折れてしまい、ヒルダは生きる気力をすっかりなくしていた。


 (もう・・・どうでもいい・・・早く・・・早く死にたい・・・こんなこんな世界・・・どうして私がこんなめに!嫌だ・・・早く・・・死にたい・・・・)


  そんな時に声がしたのだ。それは悪魔のささやきだった。


 「一緒にこんな世界壊しませんか?」


 「え?」


 突然声をかけられた。窓も施錠され、ドアにも鍵がかかっていたはずなのに、突如イリスは、ヒルダが閉じ込められている部屋に現れたのだ。 


 「な・・・あなたは?」


 ヒルダは混乱していた。なぜ急にこの男が自分のところに現れたのか?あの男たちの仲間?いやこの男は見た感じ洗練されていて、見目もよかった。粗暴な奴らとは明らかに違いすぎる。だけどその顔立ちに似合わず放った言葉は物騒だった。


 「お初にお目にかかります。私はイリスと言います。どうですか?こんな不平等な世界、壊してみませんか?」


 イリスと名乗った男は、とてもいい笑顔でまた物騒な言葉が形のいい唇から発せられていた。普通ならこんなことを言われればまともに取り合うことなどしないであろうが、ヒルダの精神はこの頃は既に荒んでおり普通の状態ではなかった。


 ・・・本当に?ソレが適う?こんな不条理な世界を壊せるの?


 「貴方ならできますよ。微力ながら私もお手伝いさせていただきます。それに貴方には竜の加護があるのですから。」


 加護?竜?一体何のこと?


 「まだ出会ってはおられませんが、貴方は『竜の祖』である竜の番です。だから私が竜のところまで案内いたします。」


 番?何のこと?『竜の祖』・・・伝承にある、あの?どうしてそんなのが出てくるの? 


 「私にはわかるんです。貴方は、竜の『番』。特別な人なんですよ。」


 『番』?特別な人?だったら私はなぜこんな目にあってるの?


 「可哀想に。貴方は竜と出会えるのが遅かった。ですが、もうこんなことは終わりです。ここから抜け出しましょう。」


 出会いが遅かったから、こんな目にあったっていうの?ここから出られる?本当に?


 「はい、私を信じてください。」


 イリスと名乗ったその男は、曇りのない目でそう言った。しかし・・・

 その時、ヒルダが閉じ込められているドアが乱暴に開いた。


 「あぁ?!誰だてめぇ?誰の許可もらってここにいるんだぁ?あぁ?!」


 その厳つい男は私を慰み者にしている一人であった。


 「クズが。」


 「あぁ!!なんだぁ?誰にモノ言ってんだ!ぶっ殺すぞ!!」


 男は持っていた剣をすぐさま抜いて、脅しのつもりでイリスの顔を切る付けるつもりであったが・・・


 「がっ・・?」


 「目ざわりだ。」


 それは一瞬のことで、粗暴な男はイリスに首を掻っ切られ床に沈んでいった。


 「!!!」


 ヒルダは本来であれば、悲鳴を上げる場面であっただろうが、既に彼女の心は疲弊していた。自分を慰み者にしていた男が呆気なく目の前で死んでしまったことにむしろ喜びを感じていたのだ。もうこの男に触れられることはないと。


 「まずは、軽い前哨戦です。私はこの屋敷にいる者を皆殺しにしますよ。」


 やはり言っていることがは物騒ではあったが、それを何てことのないように笑顔で言うイリスに、むしろヒルダは安堵したのだ。やっとこの地獄から抜け出せることに。


 「貴方をこんな目に合わせたんですからね。当然の報いです。」





 これがイリスとの出会いだった。ヒルダは絶望的な状況の中、自分を救い出してくれるイリスに暗闇から光を見いだしていた。

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