198:ヒルダの生い立ち~前編~

 ヒルダは魔王化しかけていた時の不遜な態度とは打って変わって、憑き物が落ちたかのように落ち着いていた。今のヒルダは、波打つ豪奢な金髪の緑の瞳を持つ美しい女性であった。

(さっきまでとはまるで違う。本来の彼女はこんなにも憂い帯びた顔をしているのね・・・)セレスティアのヒルダへの心証はヒルダの語った出生から裏付けるものとなった。


 「改めまして、私はヒルダ・ケストラーといいます。バウムガルテン帝国の出身です。本来であれば、私のような身分の者が、王族の方や貴族の方と口を利くのも憚られるのですが・・・私の生い立ちをお伝えしなければ、今回の全容は伝わらないと思いますので、お耳汚しではありますが、聞いてください。」


 バウムガルテン帝国はフェリス王国の東にある五大国家のうちの一つだ。帝国はフェリス王国と同じ王制であるものの、帝国は他の国とは少し違う事情があった。帝国を治める皇帝の選出は必ずしも皇帝の実子がなる訳ではなく、神託によって選ばれるのが特徴の他の国とは大きく逸脱する特徴の国であったのだ。神託によって選ばれた子は『神の愛し子』と呼ばれ、神の寵愛を受けた『神の愛し子』が治める国は、平和で実り豊かな国であると謳われている。・・・あくまで表向きは、であったが。


 「・・・私は平民です。いえ、平民といっていいのか。私はスラム街で生まれました」

 

 スラム街というこの単語だけで、彼女の境遇が困窮していたものだったと誰しもが想像することができた。そしてある矛盾に気付いた者もいた。

  

 「私は、自分の父親が誰なのか知りません。いえ、正確には母もわからなかったようです。」


 その言葉に、セレスティア達一同は一瞬意味がわからなかった。(母親も父親がわからない?) 


 「どういうことだって、思いますよね?・・・私の母はスラム街で娼婦をしていたのです。」


 「「「「「!!!」」」」」


 まさか娼婦という言葉がでるとは思わず皆、目を見開いていた。ヴェリエルはヒルダの語る話に憐憫の眼差しを向けていた。 


 「・・・母を庇うわけではありませんが、母は母でそれでしか生活を成り立たせる方法がなかったのでしょう。その中で私は生まれました。」


一同は息を呑んでいた。


 「母は私が生まれてからも、娼婦を続けていました。私はそんな母の仕事について、批判的に見ていました。だけどだからといって異を唱えることもしていません。ただ自分はそうはならないようにと、絶対に違う道で生計を立てるようになろうと思っていました。」


 だがヒルダは続きを話す際にハッと気付いたように、首を横に振った。


 「・・・いえ、正確には違いますね。母の仕事については百歩譲ったとしても、母の私生活が私には受け入れがたいものだったんだと思います。母は常に誰かしら男と付き合っていないとダメなタイプでした。そしてその男がまともなであれば、私も何も言いません。だけど母が付き合う男は、典型的に母にぶら下がる人達ばかりで、まともに働かずいつも母がお金の工面をしたり、生活の面倒を見てあげてたりしているにも関わらず、なぜか偉そうな態度をとるといった、私には理解しがたいタイプの男と母はよく付き合っていたのです。」


 『番は生い立ちが不幸になる傾向が多い』と認識はしていたものの、ヒルダが語る内容に今でも驚いていたのに、さらに彼女が続いて語った内容は、セレスティア達には想像を絶するものであった。

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